忘却の蝶は夜に恋う

「ヴィルジールは桁違いの魔力を持っていてね。怒りや悲しみの感情が強くなると、本人の意志に関係なく辺りを凍てつかせてしまうんだよ」

 イスカはカップの中の白い液体を見つめながら、形のいい唇を横に引いた。

 人は皆魔力を持って生まれてくる。魔力とは魔法や魔術を使うために必要な力であるが、血筋によって受け継がれる才能を持った者、或いは才能を開花させた者にしか扱えない。

 魔法も魔術も目に見えて起こる現象は酷似しているが、魔術は魔法の応用であると専門家は語っている。

 イスカの生家であるハインブルグ公爵家は政官も魔術師も輩出している家系だが、父も母も後者の才能があった。だからイスカも魔術を扱える。

「つまり、あの時貴女が出てこなければ、あの場が凍りついていたと?」

「もれなく全員の足が凍っていたと思うよ」

 ノクスは訝しげな顔をしながらも、イスカが言っていることは嘘ではないと思ったのか、再びグラスを手に取っていた。

「……だからと言って、あの発言は。嘘を吐いたからにはほんとうのことにしないと、陛下の信用にも関わるだろう」

「だったらこれからパートナーを探せばいいだけのことさ。最悪、エヴァンに女装でもさせればいい」

 イスカは頭の中でエヴァンにカツラを被せ化粧を施した姿を思い描いてみた。ヴィルジールの隣に並び立つには美貌が足りないが、なかなかいけるのではないだろうか。
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