忘却の蝶は夜に恋う
イスカがくすくすと笑っていると、ノクスが音を立てて立ち上がった。突然のことに、イスカだけでなくセバスチャンも目を丸くさせている。
「貴女ではいけないのか?」
「それは私に、ヴィルジールのパートナーを務めろと言っているのかい?」
「貴女は公爵家の令嬢だ。陛下の幼馴染でもある貴女なら、誰も何も言えないだろう」
それはそうだ、と思う。イスカ以上の適任がいないことは、イスカ自身もヴィルジールもエヴァンもアスランでさえも分かっている。けれど何も言わないのは、彼らのイスカへの優しさなのだ。
「ご存知の通り、私には婚約者がいる。私のパートナーを務められるのはこの世でただ一人、貴殿だけだ」
「しかし、そうなると陛下が──」
「仮に私がパートナーとして夜会に出席したとして、貴殿の隣には誰が立つんだ? 誰と踊るんだ?」
そう言って、ふふ、と声をもらして笑うイスカを見て、ノクスは言葉に詰まったようだった。不自然に目を逸らして、椅子に座り直している。
「私がヴィルジールの隣に立ってしまったら、いつか現れるであろう彼の大切な人にやきもちを妬かせてしまうことになるよ。私は彼の未来の想い人と友人になって、互いの想い人がどんなに素敵な人か語り合いたいんだよ」
その頃には、イスカの隣にノクスはいないかもしれない。イスカとノクスの関係は、願い事が三つ叶ったら終わるものなのだから。
けれど、もしも。たったひとりの弟と、十年間友人として傍にいた人たち以外の人間に心を閉ざしてしまったヴィルジールが、運命の人と出逢えたその時は──。
皆で祝福するその場には、ノクスも居てほしいのだ。