忘却の蝶は夜に恋う
ホール内は貴族で溢れかえっていた。皇帝派と反皇帝派は派閥で固まって談笑しているが、中立派は気にせず話したい人と話しているようだ。その殆どは男性で、女性の参列者はイスカだけのようだった。
ノクスはどこにいるのだろうか。主催側のため、エヴァンのように仕事をしているのかもしれない。彼を探して歩いていると、イスカの存在に気づいたセドリックが近づいてきた。
「やあ、イスカ。ご機嫌はいかがかな?」
「……セドリック・オールヴェニスか」
「つれないね、昔は名前で呼んでくれたのに」
セドリックは右手を顎に添えながら優雅に微笑んだ。長く艶のある髪はさらりと肩をすべり落ち、硝子の照明の光を浴びてきらきらと輝いている。
「君と私はもう他人だ。用がないのなら話しかけないでくれないか?」
「話したいことがあるから、声をかけたんだよ」
そっと耳打ちをするように、セドリックは続ける。イスカは反射的に耳を塞ぎながら、セドリックの菫色の双眸を見上げた。
セドリックがイスカの耳元に顔を近づけてくる時は、人に聞かれてはいけない話をしたい時だ。その内容はまだ出回っていない貴族間で起こった出来事や国内情勢に関することが多く、好奇心が旺盛なイスカの心を揺らしてくる。
彼との婚約を解消する前は、よく色々な話をしていたものだが。