忘却の蝶は夜に恋う

 丁重にお断りするために、一歩後ろに下がろうとしたその時。ヒールの踵で、誰かの足を思いきり踏みつけてしまった。

「──も、申し訳ないっ!」

 慌てて後ろを向くと、先ず目に入ったのはイスカのようなヒールを履いている足元だった。光沢のある赤色のそれには、薔薇の飾りが付いている。

「あらぁ、気にしなくていいのよ。アタシなら大丈夫だから」

 女性にしては低めだが、艶やかで耳に心地よい声だ。そろりそろりと顔を上げていくと、緩やかに巻かれている髪と赤い唇が目に入った。髪の地毛は銀色だろうか。耳くらいから毛先にかけて紫色に染められている。

 ぱっちりと開かれた目に映り込むイスカは、唇を開けたまま固まっていた。

「……あら、アナタ女の子なのね。名前を聞いても良いかしら?」

 イスカが掠れた声で「イスカーチェリ」と名乗ると、目の前にいるド派手な美人は「アナタなのね」ときゃっきゃと喜びだした。手まで叩かれている。

 これほどの美人は一度会ったら忘れなさそうだが、首都育ちのイスカの記憶には残っていない。だがここにいるということは、式典の参加者であるということ。式典に参加できるのは、要職に就いている者と貴族の当主とその後継者だけだ。

 つまりこの美人は──。
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