忘却の蝶は夜に恋う

「貴方が死神政官、ノクス・プルヴィアですわね?」

 現れたのは真っ赤な色のドレスを着ている少女だった。見たところ貴族の令嬢のようだが、それにしてはドレスの糸がほつれていたり髪飾りが錆びていたりしている。

「……如何にも、私がプルヴィアですが」 

 合っていると返事をすると、少女はかあっと顔を赤く染めるなり、手に持っていたグラスの中身をノクスへ目掛けてぶちまけた。

 はたはたと、赤色の液体が白い大理石の床に落ちる。赤ワインを掛けられたのだと気づいた時には、二杯目を頭から掛けられていた。 

「貴方のせいで、わたくしの家はっ……、お父様を返してッ!!」

 ノクスは濡れた前髪の隙間から、少女の姿を眺めた。

 会ったこともなければ見たこともないが、彼女の発言から推測するならば──ノクスが半年前に不正を暴いたことで爵位を取り上げられ、職も辞すことになった男爵の娘だろうか。

 少女は泣きながら訴え、そして給仕をしている使用人から三杯目のグラスを引ったくるように取ると、ノクスへと向かって投げつけてきた。

「平民風情が、政官になったからといって──図々しいのよッ!!

 グラスが粉々に割れた音で、周囲にいた人たちが一斉に振り返った。

 何事かと問う必要はないだろう。ワインを掛けられた平民と、泣いている少女を見れば分かることだ。

 目線の先にいるエヴァンがノクスを見て駆け出すのが見える。これ以上騒ぎが大きくならないよう、この場から立ち去ろうと思い、踵を返そうとしたその時。

「──きゃあああッ!? だ、なッ……何ですのッ!?」

 なぜか少女が頭からずぶ濡れになっていた。
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