忘却の蝶は夜に恋う
「……異性の前で脱げるわけがないだろう。貴女には恥じらいというものがないのか?」
イスカはぱちぱちと目を瞬いた。どうやらノクスはイスカのことを女性として見てくれていたようだ。
イスカは苦笑を漏らしながら、カーテンの向こうへと身を隠した。
「すまないね。私のせいか」
ノクスは何も言わなかった。静かなバスルームには衣擦れの音だけが響いている。タイミングを見計らって、目を瞑りながら大きめのバスタオルを投げ込むと「突然投げるな」と怒られた。その声はいつものノクスのものだった。
「ねえ、覗いてもいいかい?大事なところは隠しているかい?」
「僕は今バスタブの中だが」
「なら問題ないか。失礼するよ」
問題だらけだが、と強めの口調で返してきたノクスの声を無視して、イスカはカーテンを捲った。バスタブのお湯が白色だったことは確認済みだ。透けて見えることはないから問題ないだろう。
「…………おい」
ノクスは怒り気味にそう言うと、肩までお湯に沈めた。その目は警戒態勢──いや、戦闘態勢の小型生物のようである。
「そう怒らないでくれたまえよ。私は君の髪を洗いたいだけなんだ」
「結構だ! 自分で洗える!」
「こらこら、暴れたら色々と見えてしまうよ。嫁入り前の私がアレコレ見てしまったら、私はお嫁に行けなくなってしまう。そうしたら責任を取るのは貴殿になるが」
「────はぁ」
ノクスは観念したようにため息を吐いて、バスタブの縁に首を預け、頭を外に出したのだった。