絶対零度の王子殿下は、訳アリ男装令嬢を愛して離さない
 結局あの場はギャスパーとジョシュアも加わってあっという間に片付け終え、始業までには教室に戻ることができた。
 黒縁眼鏡の彼は終始申し訳なさを滲ませた顔で別れるそのときまで謝り続けていて、反対に気を遣わせてしまったかもしれないと不安になるほどだった。
 それでもやはり、セレナは黙って見ていることは到底できなかった。

「あの茶髪の上級生――マリックは前宰相の孫で、ちょっと名の知れた問題児なんだ。触らぬ神になんとやらで、周りもあの通り見て見ぬふりらしい」
「そ、そうなんだ……」
「それにしても、殿下を見たあいつらの青ざめた顔は見ものだったなー」

 くくく、と笑うジョシュアをギャスパーが「不謹慎だよ」と咎める。
 今は、今日最後の授業となる選択授業の移動中だった。クラスの教室がある本棟からアンリたちの選択授業がある東棟までの道のりを歩いていた。さらにその奥にある特別棟がセレナとギャスパーの選択授業が行われる教室だ。

「けど……あの眼鏡の先輩、嫌がらせがエスカレートしないといいんだけど……」

 自分が余計なことをしてしまったせいで、彼に被害が及ばないかが心配だった。そうつぶやくセレナの頭上で、溜息が聞こえて顔をあげれば、呆れたアンリの顔があった。

「君はお人よしだな」
「す、すみません……殿下にまで手伝っていただいてしまって……」
「彼への嫌がらせは目に余るものがあったから、俺から担当の先生にも注視してもらうよう伝えておくつもりだ」

 まさかアンリまで出てくるとは思わなかったセレナは、自分の勝手な行動を激しく悔いた。
 申し訳ない気持ちでいっぱいになり、落ち込むセレナだったが、隣のアンリを見上げれば、とても優しい眼差しを向けられていて少しだけ救われる。さらにアンリは、セレナを喜ばせるような言葉を発する。

「それに、真っ先に彼を助けた君は偉かった。なかなかできることではないと思う」

 胸が熱い。
 自分がしたことは、間違っていなかったのだと認めてもらえたことが、とても嬉しくて胸の芯が熱を持つ。

「あ、ありがとうございます」

 誰かになにかを認めて褒めてもらうことは、ずいぶんと久しくて、不覚にも目の奥がツンとしてしまう。そんな受けれるセレナを知ってかしらでか、優しさを宿していたアンリの表情が一変、険しくなって涙の気配はひゅっと引っ込んだ。

「――だが、君はほかの人よりも目立つことをもう少し自覚して行動するように」
「は……はい。肝に銘じます」

 そうこう話している内に、東棟の出入口にたどり着いた。

「授業が終わったら、ギャスパーに教室まで送ってもらうんだぞ」
「はい、殿下」

 念を押すアンリにセレナは頷く。お決まりとなったその光景を、ギャスパーとジョシュアは優しく見守るだけ。
 アンリの過保護っぷりは、寮の中でも変わらない。食堂やランドリーに行くときも一緒と徹底している。そのため、セレナがアンリの“お気に入り”というのは周知の事実となり、学園中で噂となっていた。

「ギャスパー、ごめんね。いつも」
 アンリたちと別れた後、教室へと向かう途中でセレナは隣を歩くギャスパーに謝った。自分が頼りないせいで、アンリやギャスパー、ジョシュアにまで迷惑をかけてしまっている事には本当に申し訳ないと思っていた。特にギャスパーには週三回もある選択授業の送り迎えをさせてしまっている。それもアンリから頼まれるのだから、断りたくても断れないのだ。

「全然大丈夫だよ、殿下に頼まれなくても僕もカイルを一人にするつもりないから」
「ギャスパー……」

 笑顔でそう言われて、セレナは胸が熱くなった。
 自分はつくづく優しい友達に恵まれたなと思う。

(なのに、私はみんなになにも返せていない)

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