絶対零度の王子殿下は、訳アリ男装令嬢を愛して離さない
 そして、アンリの苦悩に比例するように、セレナの様子も悪化の一途を辿る。ただでさえ食が細かったのに、以前にも増して食べる量が減り、顔色も優れない。薬も服用するほど辛いのに、自分には全く弱音を吐かないどころか頼ろうともしてくれない。
 調子が悪いんだろう、と訊いても「どこも悪くありません」と否定するセレナに、アンリの不満は爆発してしまい、気付けば深いため息とともに冷たい言葉を投げつけてしまった。
 ハッとした時には、もう遅かった。目の前の彼女の傷ついた表情に、アンリは後悔の渦に飲み込まれる。誤解を解こうと口を開いたアンリを、セレナはこれまで聞いたことがないほどの強い口調で黙らせた。

「優しくされると辛いんです。……自分のことは自分でできますから、僕のことは放っておいてください」

 シャッと間仕切りのカーテンを引かれ、セレナの姿が見えなくなる。これ以上話したくないという彼女の拒絶に、アンリはそれ以上言葉を発せられなかった。
 衣擦れの音が聞こえて少しして部屋は静かになる。その静寂に包まれた室内で、アンリは項垂れ頭を抱える。
 どうして、セレナのことになるとこうも上手くいかないのだろう。
 これまで自分は、王子という立場で人付き合いも社交もそれなりにやっていたはずなのに。冷たい、怖い、近寄りがたいと言われていたのは知っていたが、だからといって公務に支障をきたすことはなかった。
 なのに、セレナが相手だと感情の制御がきかなくなる。
 誰よりも大事にしたいのに、大事に思っているのに……。
 何もかもが思い通りにできない自分の不甲斐なさに嫌気がさした。しかも、幸か不幸か明日からは公務でしばらく王宮に帰ることになっていた。
 セレナのことはギャスパーやクラスメイトによくよく頼んでいるけれど、それでも不安は消えない。自分が不在の間に彼女に何かあったら、と思うと体がすくんでしまう。
 できることならセレナを王宮に連れていきたいくらいだった。

 どれくらい頭を抱えていただろうか、すっかり静まった室内にかすかな声が響いて、アンリは顔をあげる。
 しくしく、ひっくひっくと、すすり泣きのような呼吸音と、とぎれとぎれに聞こえてきた悲痛な声に、気付けばアンリの足はカーテンの向こう側へと進んでいた。
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