絶対零度の王子殿下は、訳アリ男装令嬢を愛して離さない
 部屋はとてもコンパクトで、入って右側にトイレやバスルームのドアがあり、正面の部屋はベッドと学習机とチェストが二対ずつ対象に置かれているだけの簡素な造りだった。これではプライベートなどないに等しい。
 けれど、一応、視界を遮るためのカーテンが部屋の中央に用意されていて少しほっとした。

 さてと、自分も荷ほどきをしようか、と考えるセレナだったが、なにやら視線を背中に感じる。もちろん、この部屋にはセレナとアンリしかいないのだから、その視線の招待は言わずもがなアンリしかいない。
 いたたまれなくなり振り返ると、案の定アンリはベッドサイドで棒立ちになってこちらを見ていた。
 目が合うと、すっと逸らされてしまう。人嫌いというのは本当なのかもしれない。

「あ、あの、殿下……、お出かけになる途中だったのですよね? 邪魔をしてしまい申し訳ございませんでした」
「いや……、違うんだ……」
「……?」

 なにがだろう?と、意図を汲めずにいるとアンリは気まずそうに口を開く。

「その……、君がずっとドアの前で立ち尽くしてなかなか入ってこないから、俺のことが怖くて入れないのかもしれないと思ってドアを開けたんだ」

 だから出かける用事はない、と否定する。

「そ……うだったんですか……。すみません……怖かったわけではないんです」
「怖く、ないのか? 俺のこの目といい……周りは怖がって好き好んで近づく者はいないのに?」

 アンリは顔を逸らして俯いてしまう。その、顔を隠すような仕草にセレナは既視感を覚えた。

(あ……私と、同じ……)

 セレナは、自分の顔を見るのが嫌だった。死んだ兄と瓜二つのこの顔が、時に忌々しく感じることすらある。

 ――似ていなければ、自分は今セレナとして生きていられたのに……。

 どうしても、今の自分があるのはこの顔のせいだと思わずにはいられない。
 だからセレナは自分の顔が好きになれなかった。

「怖くないです! その瞳だって宝石みたいで美しいとは思いますが、怖いとは思いません」

 確かにこの部屋に入る前は怖かった。けれど、それは「王子」という立場に対してであり、アンリ本人への恐怖ではなかった。

(私がこの顔に生まれたくて生まれたわけじゃないように、殿下も好き好んで王子という立場に生まれたわけではないのよね)

 セレナは、失礼にならないように、傷つけないように言葉を選んでつないでいく。

「殿下は、これまで接したことのないとても高貴なお方だったので、部屋に入れなかったのは、緊張してしまっただけです」
「そうか……」
「あ、申し遅れました。僕はカイル・デュカスと申します。一年間よろしくお願いいたします」
「俺は、アンリ・オルレアンだ。王子という肩書はここでは忘れてくれて構わない。とは言え、君には気を使わせてしまうかもしれないが、よろしく頼む」

 とても気安く話しかけられるような雰囲気ではないけれど、セレナは笑顔で頷く。アンリに会う前に胸を占領していた不安や恐怖心は、全部とはいかないが気付けば半分以上は消えてくれていた。
 差し出された手に、恐る恐る自分の手を合わせると、しっかりと握られた。

「いっ……」

 手首に激痛が走り、セレナは顔をしかめてその場にうずくまってしまう。

「どうした⁉」
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