絶対零度の王子殿下は、訳アリ男装令嬢を愛して離さない
「……っ、あ、いえ、大丈夫、です」

 とは言ったものの、手首は熱を帯びてジンジンと痛んで動けない。さっき尻もちをついた際に変に捻ってしまったのだろう。なんとなく違和感はあったのだけど、緊張のせいで気付くのが遅れたようだ。

「大丈夫じゃないだろう、見せてみろ」

 アンリはその場に膝をつき、セレナの腕を掴んで引き寄せる。

「腫れているじゃないか。なぜ言わなかった……、いや、そんなことより、……治癒魔法をかけるぞ」
「……え」

 今、治癒魔法と言っただろうか?
 疑問が浮かぶ間にも、アンリはセレナの赤く腫れた手首にそっと触れて包み込むようにふんわりと握った。

 アンリの動きが止まり躊躇いを見せたがそれも一瞬のことで、ぼそぼそとなにかをつぶやき始めた。それは治癒魔法の詠唱だった。まだ治癒魔法を習っていないセレナには、早口で正確に聞き取れなかった。

「わぁ……!」

 淡い光が手首を覆う。そして、やんわりと温かくなったかとおもうと、ジンジンと突き刺すような痛みがみるみる消えていき光がキラキラと散った。
 アンリの手が離れたので、セレナは手をぐーぱーさせてぐるりと回してみる。

「す、すごい……全然痛くない……殿下は高位魔法も使えるんですね!」

 セレナは目を輝かせる。
 治癒魔法は医学知識も必要なため、専門の教育機関で学ぶ必要がある魔法だった。この魔法学校では、擦過傷や発熱といった基礎的なレベルしかカリキュラムに組まれていない。治癒魔法に興味があったセレナは、同い年のアンリがそれを使えることにとても驚いた。

「あ、あぁ……複雑なものは無理だが、痛みを取るだけとか軽傷程度なら」

 アンリはセレナから視線を逸らして立ち上がると、所在なさげに視線を彷徨わせたあとベッドに腰かけた。その容姿と育ちのよさの相乗効果で、そんな何気ない動作でも無駄がなく美しく見える。

「十分すごいです。治癒魔法はセンスが必要だって聞いたことがあります。それに大量の魔力を使うとも! あっ……、でも、僕なんかのために殿下の魔力を消費させて、しまい……申し訳ありませんっ」

 よくよく考えると、王子のアンリに怪我を治療してもらうなんて、もしかしてとんでもないことをしでかしてしまったのではないかと血の気が引いた。

「……ふっ」

 頭上で聞こえたかすかな息の音に顔をあげれば、なんとアンリが笑っていた。
 口元に拳を当てているが、確かに口角は上がっている。切れ長の目はほんの少し細まり、目尻が下がっていた。

 無表情の人の笑顔の破壊力はすごい。これまでほとんど表情に変化がなかっただけに、そのギャップは凄まじかった。

「あの……なにかおかしなことを言いましたでしょうか……」
「いや……、すまない……、君の表情がころころ変わるのが新鮮で……」

(可愛い人……)

 どこをどうとっても美しくかっこいいアンリに対して、そんな感想を抱くのは申し訳ない気持ちもあるが、思っているだけなら許されるだろう。
 絶対零度のブルーアイと聞いていた瞳だって、宝石のように美しくて見惚れてしまうし、それになによりこんなに優しい人が人嫌いなはずがなかった。

 人の噂は当てにならないなとつくづく思う。

 控えめに笑うアンリを見ながら、セレナは同室の相手がアンリでよかったと思った。

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