君のためにこの詩(うた)を捧げる

第9話「偽りと本音のキス」

夕暮れが落ちきる前のグラウンド。



校舎の影が長く伸び、風が冷たくなり始める。



澪は、湊に呼び出されていた。



「話したいことがある」



そうメッセージが届いたのは、放課後すぐ。



いつもの穏やかな彼の文面とは違って、どこか震えていた。




「……ごめん、急に呼び出して」



夕陽に照らされた湊の横顔は、どこか迷っているようだった。



「ううん。どうしたの?」


一瞬、風が止まる。


湊はポケットからスマホを取り出し、
画面に映る“七海とのメッセージ”を見せた。


【澪と仲良くなって、橘輝を刺激して】


その一文に、澪は息を呑む。


「最初は、これが目的だった。
七海さんに頼まれて……君に近づいた」


「……嘘でしょ」



目が揺れる。

信じていた。


優しくて、真っ直ぐで、
ひかるがいない間、支えてくれた人だったのに。


湊は唇を噛み、拳を強く握った。



「でも、途中で変わった。
君と話してるうちに、
君の笑い方とか、泣きそうな顔とか……全部、本気で好きになった」


「やめて……そんなの、今言われても……」



澪は震える声で言った。



「私、利用されてたんだよね? 信じてたのに……」



「違う。最初はそうでも、今は本当に――」



言葉を遮るように、湊は一歩踏み出した。



彼の瞳が、苦しそうに揺れている。



「君を守りたいって思ってる。
嘘じゃなく、本気で。
……もう、止められないんだ」



そして、
彼はそっと澪の頬に手を添え、
迷うように、震える唇を寄せた。



ほんの一瞬――触れるだけのキス。


風の音がすべてを包み込み、世界が止まった。


澪は瞳を見開いたまま動けなかった。


(どうして……涙が出るの……)


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