「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
そして、十六歳の夫の相手は思いの外大変だった。
今のヴィルヘルムは全ての行動が衝動的で、目を離したらすぐに走り出してしまいそうな勢いがある。
「殿下」
その度に、アンジェリカは彼の腕に腕を絡めて引き留める羽目になった。さながら、妻が親し気に夫と腕を組むようなふりをして。
実際は犬のリードを引っ張るようなものだ。この犬は大層躾がなっていないのだ。ちっとも気が休まらない。
いつまでこんな日々が続くのだろう。
「なんだよ、もう」
アンジェリカが叱る度に、ヴィルヘルムは形のいい眉をひそめた。
「ですから、あのような振る舞いをされては殿下の品位に関わりますと何度も」
「別にオレの品位なんてどうでもいいじゃん。ほっといてよ」
「どうでもよくは、ありません。殿下の立ち振る舞いは、この国の立ち振る舞い。己の一挙手一投足が国を背負っているという自覚を持ってください」
「そんなこといきなり言われても、いてっ」
ヴィルヘルムはよく、体を壁や柱にぶつけた。どうやら本来の彼はここまで背が高くはなかったとみえる。魔力だけでなく、いきなりの体の成長にも追いついていないのだろう。
ヴィルヘルムはぶつけた頭を押さえるようにした後、無造作に己の髪に触れる。
「あとこの髪も鬱陶しいんだよな。なんでオレ、今ロン毛なんだろう」
もしかしたら十六歳の彼は短髪だったのかもしれない。これはあとでグレンに聞いて確かめてみよう。
「ねえ、切っていい?」
「それは」
ヴィルヘルムの髪は、ひどく美しい。それはいつも、光の環のように彼を硬質に彩っている。
アンジェリカはありふれた茶色の髪とは比べ物にならない。こんなきれいな髪ならいいなと内心少し憧れていたほどだ。口に出せたことなんか、ないけれど。
「もったいない、んじゃないでしょうか」
「へぇ」
ヴィルヘルムがぐっと、距離を詰めて顔を覗き込んでくる。それに呼応したように、皮膚の下で心臓が跳ねた。ばくばくとうるさいほどに鼓動が早くなる。
角度によって色を変える灰青色の瞳が、途端にきらきらと輝き出す。
「な、なんですか」
けれど無作法にもほどがある。そのすべらかな頬をはたいてやろうかと思ったところで、この男は夫である。
夫が妻の顔を覗き込むことは……まあそこまで咎められることではないだろう。
「いや、あんたもそんな顔するんだなって思ってさ」
しゅるりと自分の銀色の髪を指に巻き付けたかと思うと、ヴィルヘルムはにやりと笑う。そして、
「じゃあ、これはこのままにしとくよ」
「ええ、そうしてください。いきなり殿下のご容貌が変わられると、皆が混乱しますし」
「へいへい」
長い足はまるでスキップでもするような軽快さで廊下を歩いていく。王太子としては、当然褒められた振る舞いではない。けれど、遠くなっていく広い背中はどこか嬉しそうに見えた。
叱らなければと思うのに、しばらくの間アンジェリカはヴィルヘルムの背中を見つめているばかりだった。
今のヴィルヘルムは全ての行動が衝動的で、目を離したらすぐに走り出してしまいそうな勢いがある。
「殿下」
その度に、アンジェリカは彼の腕に腕を絡めて引き留める羽目になった。さながら、妻が親し気に夫と腕を組むようなふりをして。
実際は犬のリードを引っ張るようなものだ。この犬は大層躾がなっていないのだ。ちっとも気が休まらない。
いつまでこんな日々が続くのだろう。
「なんだよ、もう」
アンジェリカが叱る度に、ヴィルヘルムは形のいい眉をひそめた。
「ですから、あのような振る舞いをされては殿下の品位に関わりますと何度も」
「別にオレの品位なんてどうでもいいじゃん。ほっといてよ」
「どうでもよくは、ありません。殿下の立ち振る舞いは、この国の立ち振る舞い。己の一挙手一投足が国を背負っているという自覚を持ってください」
「そんなこといきなり言われても、いてっ」
ヴィルヘルムはよく、体を壁や柱にぶつけた。どうやら本来の彼はここまで背が高くはなかったとみえる。魔力だけでなく、いきなりの体の成長にも追いついていないのだろう。
ヴィルヘルムはぶつけた頭を押さえるようにした後、無造作に己の髪に触れる。
「あとこの髪も鬱陶しいんだよな。なんでオレ、今ロン毛なんだろう」
もしかしたら十六歳の彼は短髪だったのかもしれない。これはあとでグレンに聞いて確かめてみよう。
「ねえ、切っていい?」
「それは」
ヴィルヘルムの髪は、ひどく美しい。それはいつも、光の環のように彼を硬質に彩っている。
アンジェリカはありふれた茶色の髪とは比べ物にならない。こんなきれいな髪ならいいなと内心少し憧れていたほどだ。口に出せたことなんか、ないけれど。
「もったいない、んじゃないでしょうか」
「へぇ」
ヴィルヘルムがぐっと、距離を詰めて顔を覗き込んでくる。それに呼応したように、皮膚の下で心臓が跳ねた。ばくばくとうるさいほどに鼓動が早くなる。
角度によって色を変える灰青色の瞳が、途端にきらきらと輝き出す。
「な、なんですか」
けれど無作法にもほどがある。そのすべらかな頬をはたいてやろうかと思ったところで、この男は夫である。
夫が妻の顔を覗き込むことは……まあそこまで咎められることではないだろう。
「いや、あんたもそんな顔するんだなって思ってさ」
しゅるりと自分の銀色の髪を指に巻き付けたかと思うと、ヴィルヘルムはにやりと笑う。そして、
「じゃあ、これはこのままにしとくよ」
「ええ、そうしてください。いきなり殿下のご容貌が変わられると、皆が混乱しますし」
「へいへい」
長い足はまるでスキップでもするような軽快さで廊下を歩いていく。王太子としては、当然褒められた振る舞いではない。けれど、遠くなっていく広い背中はどこか嬉しそうに見えた。
叱らなければと思うのに、しばらくの間アンジェリカはヴィルヘルムの背中を見つめているばかりだった。