「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
「……手に入れたと思っていたものを手放すのは、覚悟がいるので」
「へ?」

 ふと口をついてしまった言葉に、ヴィルヘルムは目を瞬いた。

「失礼いたしました。殿下が来られるなら、これからは整えておきます」

 どうせヴィルヘルムがこの部屋に来ることなどないと思っていたから、部屋を飾ることをしていなかっただけだ。

「あ、いや。そういうわけじゃなくてさ」

 恥ずかしそうに頬を掻いて、また目を逸らす。宰相達の前ではあんなにも悠然としていたのに、ヴィルヘルムはどこか所在なげだ。

 他の場所ならともかくここには今、アンジェリカしかいないのに。

「ごゆるりとされて構いませんよ」

 そう言って、アンジェリカもカウチの隣に座った。特段深い意味があるわけではない。ただ他に座れるような場所もなかったし。

「いや、でも、あんたの部屋だしさ」

 後ずさるように、ヴィルヘルムが距離を取る。拳一個分ぐらいの空間が二人の間に満ちる。

 さて、これが本物の夫なら夜伽の一つでも命じられるところなのかもしれない。
 けれど、相手は十六歳である。

 元の彼ともそんなことをしたことはないし、そもそも自分はそういう魅力に欠けているのかもしれないが。

 窓から差し込んだ月明かりが、端整な顔を半分だけ拾う。
 少年のようなあどけなさが、大人のヴィルヘルムの相貌に宿っている。その様が何とも言えないほどに歪で惹きつけられてしまう。

 この不安定さを、彼はずっと身の内に宿している。
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