「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
 ヴィルヘルムはあれから、暇さえあれば一緒に食事をしようと声を掛けてくる。時折ふるふると振っている尻尾の幻覚まで見える気がする。

 つられて、アンジェリカも少しずつ昼食を取るようになった。おかげで少しばかり体重が増えてしまって、舞踏会で着る予定のドレスを手直しする羽目になった。

 これはいいことなのだろうか。悪いことなのだろうか。アンジェリカには判断がつかなかった。

 いつか本物(・・)のヴィルヘルムに戻った時、彼はこの時間のことを忘れてしまうのだ。
 覚えているのは、自分だけになる。

 最初から何もなかったのなら、ずっとただの白い結婚だったのなら、耐えられる。
 こういうものだと諦めて、身の上に降り積もる月日をやり過ごせばいいだけの話だ。

 けれど、今はもう違う。
 あたたかさを知った体に染み込む寒さは、きっと今までの比ではない。
 その時、わたしはわたしのままでいられるのだろうか。

「あっ」

 ぐっ、と体が傾いだのが分かった。そのまま、床に吸い寄せられるようにして倒れ込んでしまった。

「妃殿下」

 伯爵夫人が駆け寄って来る。その顔を見て、みっともなく自分が足を滑らせて転んでしまったのだと気が付いた。

「大丈夫、です」

 差し伸べられた手を取って、立ち上がろうとする。けれど、左足に力がかかった時、ずきんと鋭い痛みが走った。

「……っ!」
「どうかされましたか?」

 おそらく足を捻ってしまったのだろう。正直普通に歩くだけでも足が痛んだ。ダンスなどできる状態ではない。

「いいえ、なんでもありませんわ」

 だが、誰にも知られてはならない。アンジェリカはドレスの内でこっそりと足を引きずりながら、部屋に戻ったのだった。
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