「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
「殿下は最近、よく笑われるようになられましたね。まるで別人のようですわ」

 今日のダンスの講師を務める伯爵夫人が言った。

 別人、ということはない。けれど、記憶を失っているのだからほとんどそれに近いのかもしれない。

「そう、ですね」

 けれど当然そんなことを口に出せることもなく、ただ曖昧に微笑むだけに留めた。

 十六歳のヴィルヘルムが王宮に適応してきた結果、アンジェリカは無事彼の子守りからは解放された。もう必死でリードを握りしめていることもない。

 なので、こうしてダンスの練習をすることもできる。舞踏会も近い今、アンジェリカにとってこれはとても重要な時間だった。

「では、前回の続きからはじめましょうか」
「ええ」

 アンジェリカとて王女の端くれだ。それなりにダンスの心得ぐらいある。

 けれど、ファーレンホルストとブロムステットでは好まれる曲の種類が異なるのだ。フォックストロットは得意だが、この国特有の早いテンポのワルツがアンジェリカは苦手だった。

 舞踏会のはじまりは、いつも王太子とその妃によるダンスだ。

 最初にこの国で舞踏会に出席した時、アンジェリカと踊りながらヴィルヘルムはひっそりとため息を吐いた。

 それはほんの微かなことで、他のどの列席者にも分からなかったと思うけれど。向かい合って踊る自分には通ずるものがある。

 きっと、ヴィルヘルムはアンジェリカに失望したのだ。

 それでも、彼は見事アンジェリカをカバーして踊り切ってくれた。時折乱れそうになるステップを、流れるようなリードで導いてくれた手腕はさすがと言わざるを得ない。

 けれど、今度一緒に踊るのは十六歳のヴィルヘルムだ。王子として育てられたのならそれなりに教え込まれているだろうが、自分のことぐらい自分で何とかしたかった。

 くるりくるりとステップを踏みながら考えてしまったのは、またヴィルヘルムとのことだ。
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