「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
 夜を昼間のように煌々と照らすシャンデリアの下で見るヴィルヘルムは、やはり美しかった。

 そこだけが切り取られたようにシルバーブロンドが輝いていて、アンジェリカは彼の中身が十六歳だということをしばし忘れそうになった。

 当の本人はと言えば、ドレスを着たアンジェリカをまじまじと見つめてきて、奇怪なものでも見るようにゆっくりと瞬きをした。そこまで似合っていないということは、ないと思いたいけれど。

 男の腕に腕を重ねて、手を取り合う。

 やがて音楽が流れて、ダンスがはじまった。令嬢も重臣も、皆見極めるような目でじっと自分達を見つめている。

 想像していたよりも十六歳のヴィルヘルムのダンスも巧かった。

 今日の曲目はゆったりとしたワルツで、踊りやすかった。ターンの時に足にかかる負担だけ考えれば、このテンポで踊ることはそこまで難しくはない。

 けれど、最初のターンをくるりと回り終わった時、眼前の整った顔がわずかに歪んだ。何か失敗をしてしまっただろうか。確かに足は痛いが、何も失敗はしていないはずだけれど。

 そして、二回目のターンの前に、不意に腰に回された腕の力が強くなった。
 急に距離が近づいて、心臓が跳ねる。勿論、これはダンスの範疇ではあるけれど。

 ふわりと足が、宙に浮いた。

 ヴィルヘルムに抱き寄せられるような格好になって、アンジェリカの世界がくるりと回る。

 なんだ、これは。

 令嬢たちがはっと息を呑んだのが分かった。
 まるで物語のようだった。こんな風に姫君を抱きしめて踊る王子様の挿絵を、アンジェリカも見たことがある。

 聞こえてくる小さな歓声のようなものも、理解ができてしまう。なんてったってあのヴィルヘルムがそれをやっているのだ。絵にならないわけがなかった。

 ダンスが終われば、ヴィルヘルムはアンジェリカを軽々と抱え上げた。膝裏と背中にしなやかな腕が回されている。

 いわゆるお姫様だっこというやつである。

「へっ」

「すまない。今夜はこのあと、妻と二人きりで過ごしたい」

 そう言って、にこりと微笑んでみせる。皆がヴィルヘルムに釘付けになって見惚れるのを、アンジェリカは一番近くで見ていた。

「構わないかな?」

 その言葉にはどこか、秘密を共有する甘美さに満ちている。操り人形のように、彼らがぎこちなく頷く。

「あとは、皆で存分に楽しんでくれ」

 その言葉一つで、ヴィルヘルムはこの場の全員を己の共犯者にしてしまった。雨のような拍手に見送られて、アンジェリカは大広間を後にした。
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