「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
「わたしは、国を背負っているの。ここでうまくやれなきゃ、何の意味もなくなるの!!」
アンジェリカの失敗は祖国の失敗。アンジェリカは不徳は祖国の不徳。
誰も分かってくれない。背負ってくれない。アンジェリカの孤独。
俯けば、ぽつりと流れた涙がドレスに染みを作った。泣きたいだなんて、思っているわけではない。
「もう、放っておいて」
手の甲で涙を拭って、顔を背けた。こんなみっともないところ、誰にも見られたくはなかったのに。
それでも、涙は止まらない。嗚咽を堪えたら、焼けるように喉が痛くなった。
「そんなに擦るなって」
ぎゅっと握った拳を、大きな手に掴まれた。そのまま、その胸に抱き込まれる。
「ごめんな」
宥めるように、その手はアンジェリカの頭を撫でていく。結い上げた髪が乱れないように、そっと。
「あんたがそんなに頑張ってるって、オレ知らなかった」
引っ付いた内側から、ヴィルヘルムの低い声がする。その声にはもう、拗れたような響きはなかった。
「でも、これからは話してほしい。オレも、ちゃんと頑張るから」
抱きしめられたら、自分の身の小ささを嫌でも自覚させられる。なぜだか、この頭は男の広い胸に当然のようにして収まっている。
そうしているうちに、やっと落ち着いてきた。
「……申し訳、ございません」
我に返れば、自分は夫を詰ってしまったという事実が込み上げてくる。その胸に手を付いて体を離そうとしたら、またぎゅっと抱きしめられる。
「いいよ」
まるでここにいろ、と言わんばかりに。
「お人形さんみたいに澄ました顔されるより、その方がいい。オレは、今のあんたの方がすき」
すき、という言葉に胸の奥がきゅっとなった。
それはきっと、十六歳のヴィルヘルムの常で大した意味はないのだろうけど。
「どうしてそんなに、やさしくしてくれるんですか」
その腕の中から見上げれば、ふわりとヴィルヘルムは微笑んだ。
「だって、オレたちは夫婦なんだろ。だったら、何があってもオレはあんたのことを分かろうとしなきゃいけないし、分かりたいよ」
灰青色の目には、一点の曇りもない。アンジェリカの目の前にあるのは、晴れた日の空のように澄み切った美しい瞳だった。
ああ、わたしはどうして、最初からこの男と出会えなかったのだろう。
ヴィルヘルムの語る夫婦というものを、アンジェリカは知らない。自分が知っているのは、ただ待ち続けた母の小さな背中だけだ。
またあたたかな匂いがする。全てを許し包み込むような、明るい日向の匂い。それを感じたらもう、止まらなかった。
恥も外聞もかなぐり捨てて、目の前の男の背に手を回して縋りつく。
なんて広い背だろう。その力強さにうっとりするような気持ちと、今までそれを与えられなかったのだという事実が迫りくる。みっともないったらなかった。
ヴィルヘルムは、何も言わなかった。ただアンジェリカのしゃくりあげる声だけが、夜の闇に溶けていった。
アンジェリカの失敗は祖国の失敗。アンジェリカは不徳は祖国の不徳。
誰も分かってくれない。背負ってくれない。アンジェリカの孤独。
俯けば、ぽつりと流れた涙がドレスに染みを作った。泣きたいだなんて、思っているわけではない。
「もう、放っておいて」
手の甲で涙を拭って、顔を背けた。こんなみっともないところ、誰にも見られたくはなかったのに。
それでも、涙は止まらない。嗚咽を堪えたら、焼けるように喉が痛くなった。
「そんなに擦るなって」
ぎゅっと握った拳を、大きな手に掴まれた。そのまま、その胸に抱き込まれる。
「ごめんな」
宥めるように、その手はアンジェリカの頭を撫でていく。結い上げた髪が乱れないように、そっと。
「あんたがそんなに頑張ってるって、オレ知らなかった」
引っ付いた内側から、ヴィルヘルムの低い声がする。その声にはもう、拗れたような響きはなかった。
「でも、これからは話してほしい。オレも、ちゃんと頑張るから」
抱きしめられたら、自分の身の小ささを嫌でも自覚させられる。なぜだか、この頭は男の広い胸に当然のようにして収まっている。
そうしているうちに、やっと落ち着いてきた。
「……申し訳、ございません」
我に返れば、自分は夫を詰ってしまったという事実が込み上げてくる。その胸に手を付いて体を離そうとしたら、またぎゅっと抱きしめられる。
「いいよ」
まるでここにいろ、と言わんばかりに。
「お人形さんみたいに澄ました顔されるより、その方がいい。オレは、今のあんたの方がすき」
すき、という言葉に胸の奥がきゅっとなった。
それはきっと、十六歳のヴィルヘルムの常で大した意味はないのだろうけど。
「どうしてそんなに、やさしくしてくれるんですか」
その腕の中から見上げれば、ふわりとヴィルヘルムは微笑んだ。
「だって、オレたちは夫婦なんだろ。だったら、何があってもオレはあんたのことを分かろうとしなきゃいけないし、分かりたいよ」
灰青色の目には、一点の曇りもない。アンジェリカの目の前にあるのは、晴れた日の空のように澄み切った美しい瞳だった。
ああ、わたしはどうして、最初からこの男と出会えなかったのだろう。
ヴィルヘルムの語る夫婦というものを、アンジェリカは知らない。自分が知っているのは、ただ待ち続けた母の小さな背中だけだ。
またあたたかな匂いがする。全てを許し包み込むような、明るい日向の匂い。それを感じたらもう、止まらなかった。
恥も外聞もかなぐり捨てて、目の前の男の背に手を回して縋りつく。
なんて広い背だろう。その力強さにうっとりするような気持ちと、今までそれを与えられなかったのだという事実が迫りくる。みっともないったらなかった。
ヴィルヘルムは、何も言わなかった。ただアンジェリカのしゃくりあげる声だけが、夜の闇に溶けていった。