「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
 両手いっぱいの花を抱えていたヴィルヘルムは訊ねてきた。こういう時はちゃんと嬉しそうな顔をしないといけなかったのに。

『ああ、いえ、そういうことでは、なくて』

 この花が苦手ということではない。強いて言えば、花というもの自体が苦手なのかもしれない。
 自分のために摘まれた花。それは嬉しさよりも先にいたたまれなさを呼んでくる。

『根を張ったままなら、もっと長く咲いていられたんでしょうか』

 そんな風に考えずにはいられない。それは返事というよりは、ほとんど独り言に近いようなものだったけれど。

『どうだろう。オレには花の考えることは分からないけど』

 アンジェリカの言葉に、ヴィルヘルムはそっと花に手を伸ばす。

『長く咲いてることだけが幸せだとは限らないんじゃないかな。永遠に咲いている花なんてないんだからさ』

 俯いた横顔に流れた銀髪の影が落ちる。そこには十六歳には似つかわしくない思案が満ちている。

『オレは、咲いていることを覚えていてくれる人がいたらそれだけでいいよ』

 誰も咲いていたことを知らないのなら、その花は存在しないのと同じだと、彼は言いたかったのだろうか。

『なんてね』

 途端に年相応(・・・)の顔に戻ったヴィルヘルムはおどけるようにそう言うものだから、それ以上何も訊ねられなかった。

 そうして、この花は今もこの部屋にある。殺風景な部屋の中で、そこだけ火が灯ったかのように明るく見える。
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