「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
「いやあ、ヴィルヘルム。この間の舞踏会は、圧巻だったよ」

 午餐の席で、公爵殿はえらくご機嫌だった。豪快な笑みを絶やさない男を前に、ヴィルヘルムは「恐れ入ります」と微笑んでみせる。この辺りは、十六歳なりに上手くやっている。

「妃殿下と仲がいいことは何よりだ」

 そう言って、公爵はアンジェリカにも目を向ける。その目が何かを見極めるように、すっと細められる。

 この者は現王の従兄弟(いとこ)に当たる者で、ヴィルヘルムに何かあれば王位を継ぐ可能性もある。
 アンジェリカとヴィルヘルムの仲は王宮の中では知られた話だ。自分達がずっと“白い結婚”だったことを彼が知らないことはないだろう。

「この様子だと、色々と期待もできそうだし」

 ただ彼は純粋に喜んでいるようだった。言いたいことは、分かる。世継ぎを期待しているのだろう。

 けれど、今のヴィルヘルムの真実は、公爵にも知らされてはいない。アンジェリカはただ曖昧な顔をしていて席に着いていることしかできなかった。

「コンラートが身罷った(・・・・)と聞いた時は、どうなることかと思ったがね」

 その名前を聞いた時、隣に座る男がびくりと肩を震わせたのが分かった。

「今や陛下の御子は、お前一人だ。やはり血統が保たれるに越したことはない」

 見れば、ヴィルヘルムの顔は蒼白だった。握っていたカトラリーが手から滑り落ちて、甲高い金属の音がする。

「どうかしたかい、ヴィルヘルム」

 問いかける公爵に、この時問い質さなかったことは正しかったと言える。

「いえ、なんでもありませんよ」

 少なくともヴィルヘルムは一時は己の内に浮かんだ疑問を飲み込むことには成功していたのだった。

 半分しか見えない夫の顔では、一体何を考えているのか掴み切れなかった。
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