「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
「兄上はどうして亡くなったんだ」
 一呼吸ののちに、魔術師団長が口を開いた。

「ご病気でございます」

 どう問われてもそう答えると決めていた、そんな声音だった。

「嘘つき」

 アンジェリカが気づいたように、ヴィルヘルムもそれに気づいている。灰青色の目が不穏な色を宿す。

「すみませんが、殿下」

 宰相が一度片手を上げる。様子を窺っていた衛兵達がヴィルヘルムを取り囲んだ。そのまま彼らは、ヴィルヘルムを取り押さえようと一直線に向かっていった。

 ヴィルヘルムは左右をちらりと見た。

 掴みかかられる寸前のところで身を捩って一人目を(かわ)したかと思うと、拳を鳩尾に叩き込む。
 そして、二人目と三人目を蹴り倒した。
 瞬きするほどの間に、立っているのはヴィルヘルムだけになる。

 見事な手際だった。騎士団にいたというのは本当らしい。決して褒めるような時ではないと分かっているのに、アンジェリカは内心拍手をしてしまいそうになる。

 魔法が使えないから、おそらく誰もが彼を侮っていた。
 けれど、そうしている間にヴィルヘルムは、二十八歳の体を使いこなせるようになった。本当は、二十八歳の彼と同じように扱わなければならなかったのだ。

「手足が長いのは助かるな。戦うなら断然、こっちの体の方がいい」

 ぱたぱたと手を払いながら、ヴィルヘルムは言った。

 そしてすっと、テーブルクロスを引っ張る。皆が呆気に取られている間に、ヴィルヘルムは傾いだグラスを床に叩きつけた。

 光の粒のようなガラスが飛び散る。
 砕けた中で一番大きい欠片を鷲掴みにしたかと思うと、ヴィルヘルムはそれを己の首筋に当てた。

「本当のことを、話してもらう」

 大きな手から血がぽたりぽたりと流れていく。

「来るな!!」

 駆け寄ろうとした魔術師団長を、ヴィルヘルムは鋭い声で制す。ほんの少し、彼は首元のガラスを動かした。

 すっと伸びた首筋に、赤い線が流れる。
 もしこれをあと少し、動かしてしまったら。

「兄上がいないのなら、オレのほかに父上の御子はいない。このことの意味が分かるだろう?」

 ヴィルヘルムはこの今、己を懸けている。そうして真実に差し迫ろうとしている。
 宰相と魔術師団長が顔を見合わせた。これにどう対処すべきか考えあぐねているようだった。

「一時間、時間をやろう。それでどうするか考えてくれ」
 そう告げるヴィルヘルムを見て、思った。

 彼を一人にしては、いけない。
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