「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
 けれど、アンジェリカは違った。
 これで、もう、いいじゃないか。

 ほかの男ならともかく、この男が“ヴィルヘルム”であることに変わりはない。正しく現王の血を引いている。何も問題はないじゃないか。

 ずっと、不思議だったことがある。

 どうして、令嬢たちは皆、舞踏会に憧れるのだろう。
 アンジェリカにとっての舞踏会は務めで、お飾りとして果たさなければならない使命だ。最も苛烈な現実の一つだったと言ってもいい。

 それ自体は、今も変わらない。舞踏会は王太子妃の立派な義務である。

 けれどどうしてだろう。心がふわふわと床から二センチほど浮かび上がりそうになって、それを押し留めるのにアンジェリカはとても苦労した。

 夫は恭しくアンジェリカの手を取って、目が合えば、涼やかなその目を細めてみせる。
 まるでひどく眩しいものでも見るように。

 そうしてダンスが始まってしまえば、アンジェリカにも分かってしまった。

 どんな音楽も、眩いばかりのシャンデリアも、取り囲む人々の喧騒も、全ては遠くのことのようになる。

 永遠にこの曲が終わらなければいい。ずっとこの男と踊っていられればいい。
 ただ目の前にいるヴィルヘルムだけが全てだった。

 アンジェリカはしばし、目を開けたまま見る夢に溺れる。
 けれど、終わらない音楽はないし、醒めない夢もない。それだけの話だった。
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