「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
 夢の終わりは、唐突に訪れた。

「大規模な魔物の発生があったとのことです」

 謁見の間で宰相が淡々とした声でそう報告するのを、アンジェリカはヴィルヘルムの隣で聞いていた。
 先日王太子が遠征したばかりだというのに。

「討伐が必要ってことか」
「さようでございます」

 ヴィルヘルムの顔色は、何一つ変わらなかった。まるでずっと前から、こんな日が来ることが分かっていたみたいに。

「聞きたいことがあるんだ、二つ」
 そのまま静かに、ヴィルヘルムは問うた。

「今のオレに、その魔物を倒すことは可能?」

 答えたのは魔術師団長だった。彼は跪き、頭を垂れたまま続ける。
「魔物には、物理攻撃は効きません。恐れながら、今の殿下では不可能かと」

 魔素の集合体である魔物に効くのは、同じく魔素を扱う魔法だけ。
 十六歳のヴィルヘルムは体術には優れているが、魔法についてはそうではない。だからこそ、二十八歳の彼に至るまでに魔法を鍛えたのだろう。

「だよなぁ」

 ヴィルヘルムはそう呟いて右の手のひらを天に向ける。そこにはほんのささやかなつむじ風が渦巻いて、消えてしまう。

「じゃあ、二十八歳のオレなら、どう?」
 魔術師団長がはっと弾かれたように顔を上げた。

「おそらくは……可能かと」
「だよね」

 ヴィルヘルムはうんうんと頷いている。魔術師団長も、一つそれに首肯する。

 なんだ、これは。
 彼らのやり取りが意味するところが、やっと自分にもぼんやりと見えてくる。

「けれど、確実ではないのでしょう!?」

 気づけばアンジェリカは立ち上がっていた。己の張り上げた声が、大広間に響き渡る。

「遠征など、承服しかねます!!」

 皆の視線がこの身に突き刺さるようになって、なんてはしたないことをしているんだという気持ちが首をもたげてくる。それでも、言わずにはいられなかった。

「殿下に万が一のことがあれば、わたくしは、わたしは……」

 わたしは、どうなってしまうのだろう。

 二の句が継げなくなって、座り直すことも出来なくて、アンジェリカは一人、立ち尽くした。

「大丈夫だよ、アン」

 ぐっと、握りしめてしまっていた手に、大きな手が触れる。それは心ごと解きほぐすようにアンジェリカの頑なな拳を開いて、そっと握ってきた。

「少し、アンと話をする。いいよね?」

 もう誰も何も言わなかった。沈黙だけが答えで、ヴィルヘルムはアンジェリカの手を引いて謁見の間を後にした。
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