「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
「ねえねえ」

 ヴィルヘルムは、椅子の上であぐらを掻いている。退屈を持て余しているのか、ゆらゆらと体を左右に揺らす。

「オレちょっと腹減ったんだけどさ。なんか食べるもの、ない?」

 グレンがそそくさと「承知いたしました。すぐにお持ちします」と部屋を後にする。その様を見て、宰相と魔術師団長が揃って呆れたように大きく溜息をついた。気持ちは分かる。

 一体誰のせいでこんなことになっているのか。こいつには王太子としての自覚はないのか。

「いい加減になさい。こんな場でお腹が空いたなどと」

 まるで子供みたいだ、と思ったところで、自分は十六歳の時、どんな風に過ごしていただろう。己のことだというのに、アンジェリカはうまく思い出せなかった。

 そのままヴィルヘルムは、侍従が持ってきたサンドイッチを大きな口を開けて頬張った。そのままむしゃむしゃと、食べながら彼は喋る。

「だって空いたもんはしょうがないじゃん。何? おばさんもお腹空いてイライラしてんの? ならオレの分あげようか?」
「いりません!」

 どうもこの(・・)ヴィルヘルムといると調子が狂う。

 元の彼とは、こんなことはなかった。何かを手づかみで食べているようなところも目にしなかったし、こんな行儀作法にそぐわないようなこともしなかった。

 早く二十八歳のヴィルヘルムに戻ってもらわなければ。
 そうしなければ、わたしでいられなくなる。

「魔術師団長、殿下の呪いを解く方法はないの?」

 この状況で、実直そのもののような魔術師団長がただ手をこまねいているだけとも思えなかった。

 それに、この手の呪いには大抵抜け道のようなものがある、気がする。
 もっとも、アンジェリカがそれを学んだのはおとぎ話の中で、だけれども。

「こちらの呪いは大変複雑なものです。これをかけた魔女は非常に呪いの構成に長けた者だと考えられます。ただ、解呪の方法はあるかと」

 必要なものは、森の奥深くに咲く伝説の花か、はたまた貴重な宝石か。

「考えられる最も確実な方法は」
「その方法はなに? 教えなさい」

 けれど、そのどれでもヴィルヘルムは手に入れることができるだろう。だって彼はこの国の王太子であるのだから。

 魔術師団長はちらりと気遣わしげにアンジェリカを見る。そして、こほん、とひとつ大仰に咳払いをしてから続けた。

「アンジェリカ妃殿下様。ヴィルヘルム殿下の解呪には愛する者の口づけが必要なのでございます」
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