「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
 ヴィルヘルムは父王が戯れに手を付けた侍女に産ませた庶子だった。母は、側妃に召し上げられることもなかった。ただコンラートのほかに子がいなかったために、王国はヴィルヘルムを一応王子として扱った。

 求められた役割は代替品(スペア)である。それぐらいのことは幼ながらに理解していたつもりだった。
 殊更明るく――ともすれば軽薄にでも見えるくらいに振舞うようにしていたのは、その方が都合がよかったからだ。

 己の役割が決まっているということは、ある種の救いであるとヴィルヘルムは今も思っている。

 どうすればいいかとか、何を成せばいいかとか、考えなくてもいい。価値があるのはこの身に流れる血だけで、それすらも兄には数段劣る。

 母親の身分の違いは、自分と兄とを明確に区別をした。そのことを疑問に思ったこともなかった。

 それなのに。

「ヴィルヘルム。だめじゃないか、そうやってまた傷ばかり作って!」

 誤算だったのは、兄が至ってまともな(・・・・)人間であるということだった。
 瞳の色だけは、僅かに似ている。もっとも、兄はもっと輝くような青だったけれど。

「兄上」

 騎士団の訓練で暇さえあれば怪我をするヴィルヘルムに、コンラートはよく手当てをしてくれた。ついでに小言も言われた。

「大体お前は自分を蔑ろにしすぎるんだ。そんな戦い方をしていたら、命がいくつあっても足りないぞ」

 治癒魔法を使う兄の大きな手がぼんやりと光る。瞬く間に、ヴィルヘルムの手足にあった無数の擦り傷が消えていく。

「命は一つしかありませんよ、兄上」

「それが分かっているなら、俺に勝てるようになるまでそんな無茶はやめるんだな」

 そう言って、兄はヴィルヘルムの頭を撫でた。

 けれど魔法においても体術においても、コンラートはヴィルヘルムよりも数段上手だった。結局どこか丸め込まれるようにして、ヴィルヘルムは兄の後ろを追いかけた。

 ただ、思うのだ。
 命が一つしかないのなら、その使いどころもまた一つだろうと。
 自分にはせいぜい兄の盾となって死ぬぐらいのことしかできない。

 そんな風にずっと、思っていた。
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