「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
 辺境への遠征は、王太子の務めの一つである。
 国境付近に出没する魔物を見事討伐し、王家の威光と力を示す。そのためのまたとない好機だった。

「お前も一緒に行ってみないか、ヴィルヘルム」
「オレが、ですか?」

「うん、お前もそろそろ王子としての自覚が必要な頃だと思ってな」

 自覚したところで一体何になるのだろう。己のすべきことが変わるわけではない。ただ、口答えをしたらコンラートが悲しむだろうと思って、何も言わなかった。

 今考えれば、あの時何か言っておけばよかったのかもしれない。

 結論から言えば、ヴィルヘルムははじめてに近い魔物との実戦でほとんど役に立たなかった。むしろ足手まといでしかないのに向こう見ずに敵に突っ走った挙句、急所を突かれそうになった。

 そこから先の景色を、時が止まったかのように覚えている。

 まるで赤い花のようだった。
 自分を切り裂くと思った魔物の爪は、いつまで経ってもヴィルヘルムに届かない。
 代わりに兄の体に突き刺さって、血しぶきが飛んだ。

「兄上!!」

「……だから言ったじゃ、ないか。そんな戦い方をしては、いけないって」

 必死で傷口を押さえても、コンラートの血は止まらない。このままではコンラートが死んでしまう。
 けれど、ヴィルヘルムは治癒魔法を使えない。兄がやってくれたように、傷を治すことはできない。

「なんで、ですか」

 別にオレのことなんか、放っておけばよかったのに。
 死んだところで誰も悲しまない。むしろ兄を庇った功でやっと浮かばれるかもしれない。
 そんなことすら考えたのに。

「当然じゃないか」

 力ない兄の手が、自分の頭の上に載せられる。その手はいつかのように、そっとヴィルヘルムの頭を撫でた。

「兄は弟を守る、そういうものだよ」

 それが、最期の言葉になった。

 コンラートが死んで、ヴィルヘルムは王太子になった。当然だ。もう、ヴィルヘルムのほかに父の子はいないのだから。

 そのうちどこからか、噂が立った。

 ――ヴィルヘルムは、王太子の身分欲しさに異母兄であるコンラート殿下を殺したのだ。

 否定をする気は起きなかった。全部自分のせいだと、思ったから。

 どこで、何を間違ったのだろう。

 兄が言う通り、無茶な戦い方をしなければ。
 遠征に同行しなければ。
 ヴィルヘルムが生まれて、来なければ。

 問うても、問うても、答えがでるはずもない。堂々巡りの思いを魔法の鍛錬にぶつけたら、少しは使い物になった。皮肉なことにその結果、ヴィルヘルムはなんとか王太子として見られるようになった。
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