「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
「へえ」

 魔女は小さく感嘆のように声を漏らしたあと、「これはまた随分と厄介な呪い持ちだなあ」と独り言のように呟いた。

 呪いとは一体何のことだろう。まあいい。そんなことより願いの方が大事だ。

「それで、願いは叶えていただけるのでしょうか」

 勿論、だめだと言われた時の策も考えてはあった。ヴィルヘルムは今はこれでも王太子だ。金貨も宝石も、なんなら領地でさえも用意する準備がある。

「一つ質問だ」

 魔女は頬杖をついていた左手を下ろして、すっと背筋を伸ばした。

「君は命を捧げる覚悟があると言ったけれど、家族や友達はいないの。自分がいなくなった先の未来のことを、一体全体どう思ってるのかな?」

 それは、平坦な声だった。詰るようでも咎めるようでもない。けれど、ひどく突き放すようにこの胸に響いた。

 何もないと思っていた心に、ぼんやりと浮かび上がってくるものがある。

 やわらかな茶色の髪。強い意志を宿した、少しつり目がちな瑠璃色の瞳。
 その髪に触れたこともないヴィルヘルムの妻、アンジェリカ。

 これも、自分が兄から奪ったものの一つだ。彼女は本当なら、王太子だったコンラートと結婚するはずだった。それを自分が横から掠め取ってしまった。

「妻はいますが、問題ありません。彼女もきっと幸せになれる」

 アンジェリカもきっと、兄を愛するに違いない。だって、兄はあんなにも素晴らしい人間なのだから。
 魔女の形のいい眉がぴくりと上がった。そして確かめるように二度瞬きをする。

「ふーん。君はそう思っているんだ」

 魔女はどこか不服そうだった。彼女は兄に会ったことがないのだから無理もないのかもしれない。けれど、コンラートを知る人間なら、誰もがそう思うはずだ。

「分かった。ボクと一つ賭けをしよう」

 ぱん、と白魚のような手を叩くと魔女は宣言した。

「君がそれに勝ったら、お兄さんを生き返らせてあげる。お兄さんが死んだのはいつだい?」
「私が十七歳の時です」

「よし、じゃあ君を十六歳に戻そう」
「分かりました」

 金色の目が怪しげに光る。まるでヴィルヘルムを値踏みしているような、そんな目だった。
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