「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
「へえ、すぐに条件を飲むんだ。今から君は十二年分の自分を捨てるのに?」
「どうせ願いが叶えば俺はいなくなるのだから、大して変わりはないでしょう」
「そういうもんかなぁ」
「そういうものかと」
そう返した己の声は魔女の声と同じぐらい平坦に響いた。元からヴィルヘルムのものだったものなど、何もないのだ。未練を抱くこともなかった。
「君は、どんな君でも奥さんが君のことを好きになることは無い、そう思ってるんだよね?」
「ええ、そうです」
「じゃあボクは逆に、君の奥さんが君を愛する方に賭けよう。この賭けに君が勝ったら、その願い――お兄さんを生き返らせてあげるよ」
ああ、これで俺の願いは叶う。
その言葉を聞いて、ヴィルヘルムはそう思った。
たとえどんな俺でも、アンジェリカが好きになることなどないだろうから。どうか兄上と幸せになって欲しい。
ただ一つだけ気になることがあった。
「どうして、こんな面倒なことをするんですか?」
この取引自体は悪くはない。おそらくヴィルヘルムの方に分がある。それが分かっているから受けたのだけれど、そもそもこんなことを彼女がする理由はなんだろう。
ヴィルヘルムのことが気に入らないのなら、ただ断ればいいのだ。けれど、魔女はそうはしなかった。
「まあ一番は暇だからだけど」
魔女は長い足を組み替えると、妖艶に微笑んだ。
「君は、魔法使いが何が一番好きか知っているかい?」
そんなもの、普通の人間のヴィルヘルムが知る由もない。そもそも魔法使いと称する者に会ったのも、今日がはじめてなのだから。
「人間の生きた心臓、とかですか?」
魔女の、弧を描く真っ赤な唇はまるで血に濡れているかのよう。
「ああ、いいね。悪くない。丸かぶりにすると美味いんだ」
うっとりと魔女は言う。心の底からそう思っているような、そんな笑みだった。もしかしたら、誰かの願いの代価に心臓を求めたことがあるのかもしれない。
「ボクが一番好きなのはね」
そこで彼女は言葉を区切って、ふと表情をやわらかにした。そんな顔をしていると、老獪な魔女が見た目そのままのうら若き乙女のように見えなくもない。
「真実の愛だよ」
存在を主張するかのように、ヴィルヘルムの心臓が脈打ったのが分かった。
脳裏によぎったのは、膝折礼をしたアンジェリカの姿だった。
「どうせ願いが叶えば俺はいなくなるのだから、大して変わりはないでしょう」
「そういうもんかなぁ」
「そういうものかと」
そう返した己の声は魔女の声と同じぐらい平坦に響いた。元からヴィルヘルムのものだったものなど、何もないのだ。未練を抱くこともなかった。
「君は、どんな君でも奥さんが君のことを好きになることは無い、そう思ってるんだよね?」
「ええ、そうです」
「じゃあボクは逆に、君の奥さんが君を愛する方に賭けよう。この賭けに君が勝ったら、その願い――お兄さんを生き返らせてあげるよ」
ああ、これで俺の願いは叶う。
その言葉を聞いて、ヴィルヘルムはそう思った。
たとえどんな俺でも、アンジェリカが好きになることなどないだろうから。どうか兄上と幸せになって欲しい。
ただ一つだけ気になることがあった。
「どうして、こんな面倒なことをするんですか?」
この取引自体は悪くはない。おそらくヴィルヘルムの方に分がある。それが分かっているから受けたのだけれど、そもそもこんなことを彼女がする理由はなんだろう。
ヴィルヘルムのことが気に入らないのなら、ただ断ればいいのだ。けれど、魔女はそうはしなかった。
「まあ一番は暇だからだけど」
魔女は長い足を組み替えると、妖艶に微笑んだ。
「君は、魔法使いが何が一番好きか知っているかい?」
そんなもの、普通の人間のヴィルヘルムが知る由もない。そもそも魔法使いと称する者に会ったのも、今日がはじめてなのだから。
「人間の生きた心臓、とかですか?」
魔女の、弧を描く真っ赤な唇はまるで血に濡れているかのよう。
「ああ、いいね。悪くない。丸かぶりにすると美味いんだ」
うっとりと魔女は言う。心の底からそう思っているような、そんな笑みだった。もしかしたら、誰かの願いの代価に心臓を求めたことがあるのかもしれない。
「ボクが一番好きなのはね」
そこで彼女は言葉を区切って、ふと表情をやわらかにした。そんな顔をしていると、老獪な魔女が見た目そのままのうら若き乙女のように見えなくもない。
「真実の愛だよ」
存在を主張するかのように、ヴィルヘルムの心臓が脈打ったのが分かった。
脳裏によぎったのは、膝折礼をしたアンジェリカの姿だった。