「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
 使者の声は、父のものとは似ても似つかない。けれど、確かにアンジェリカには父王の声に聞こえた。

「ひっ」

 ひゅっ、と首が締まるようになって、喉が鳴ったのが分かった。フリルに覆われたスカートの中で足が震える。

 この王宮の者で、自分達の仲を知らないものはいない。

 そして、ずっと父も知っていたのだ。
 アンジェリカとヴィルヘルムが真に夫婦ではないことを。この結婚を、いつでも覆すことができるということを。

 きっと一番いい時を父は見計らっていたのだろう。
 今がその時だ。

「『いらぬ妃なら、我の元に返してもらう。その方が我が娘も幸せであろう』と」

 どこにいても、何をしていても、嫁いでも同じこと。
 だって父の娘であることには変わりがない。
 ブロムステットでもファーレンホルストでも、それは変わらない。

 死ぬまでアンジェリカは父の手駒の一つにしかすぎないのだと、突きつけられたのだ。

「そうか」
 ヴィルヘルムはそう短く返す。

「子細、理解した」

 低い声は泉に石を投げたように波紋を描いて、この心を揺らす。

「しばらく考えさせてもらう」

 通りのいい声は、大広間に朗々と響く。ただ玉座の影で、使者からは見えないようにヴィルヘルムが左手をぎゅっと握りしめているのだけが見えた。
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