「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
 睨み付けても、彼女は全く動じない。現れた時のまま、ゆらゆらとそこに漂っている。その様は異質でしょうがないのに、その微笑みとは不思議としっくりと馴染む。

「いやさ、君と賭けをしたじゃない。それはいいんだけどさ、悪いことしたなと思って」

 ふっと、彼女は息を吐いた。浮かべる微笑みの種類が少しだけ変わって、揺蕩う魔力の種類が変化した。

「君はいいよ。全部分かっていて、その上でボクと賭けをしたんだから。でも、君の奥さんは違う」

 ああ、そうだ。
 ヴィルヘルムは否応なしにアンジェリカを巻き込んでしまった。
 真実の愛とやらの片棒を担ぐ存在として。

「この子は何も知らないまま、ボクらの賭けに関わる羽目になった。その分のけじめは、つけないと」

 猫のような金色の魔女の目はアンジェリカの体を見透かすように、細められている。その目が、意味ありげに胸元から滑っていく。

「だから、何か適当な加護か付与(バフ)でもあげよかと思ったんだけどね。でもこの分だとこの子本人にあげるより、違う方がいいかもしれないね」

 それはこの人智を超えた力を持つ魔女なりの、精一杯の誠意なのかもしれなかった。

「なかなかできるもんじゃないよ、あんなこと」

 魔女は手を伸ばして宙にかざす。すると、光の粒のようなものが灯り始めて部屋を昼間のように照らした。

「命綱も付けずに一息で木から飛び降りてみせた、彼女のその度胸と決意は賞賛に値する」

 魔女の手から放たれた光はくるくると部屋を飛び回っている。

 ひとつ輪から離れた光は、ヴィルヘルムの髪をくすぐるようにして弄ぶ。そっと手を伸ばせば、息継ぎをするように一度ヴィルヘルムの指に止まった。そうしてまた、踊るようにしてきらきらと飛んでいく。

「それはそうですね」
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