「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
 それらはまるで悪戯好きの子供のようだった。
 触れてしまえば、いやでも分かった。間違いなく、これは祝福の色をした魔力だ。

 しばらくの間そうしていたかと思うと、光はやがて満足したように魔女の金瞳が見つめる先――アンジェリカの腹の辺りに集束する。

「君は、いい妻を持ったことを心から感謝することだ」

 その言葉と共に光の粒は、彼女の内に吸い込まれるようにして、見えなくなった。

「じゃあ、またね。まあ、もう会うことはないような気がするけど」

 現れるのが突然なら、消えるのも同じこと。最初に赤い髪が消えて、次にしなやかな手足が続く。

「そうそう、ボク、十六歳の君のことは、割ときらいじゃなかったよ。だから少しだけ、おまけ(サービス)しておいた」

 そう言って、魔女はまたにたりと笑った。

「いいものを見せてもらった。これで貸し借りは、なしだ」

 それだけ言い残して、何もなかったかのように魔女の姿は消え失せた。

 隣で横たわるアンジェリカの姿を見遣る。長い睫毛は伏せられたままで、規則的に胸元が上下する。どうやら穏やかに眠っているようだった。

「ん……」
 寝返りを打った彼女は、敷布の上のヴィルヘルムの手をきゅっと握った。

 顔にかかった茶色の髪をそっと払う。起きている時は凛とした表情を浮かべる妻が、こんなにもあどけない顔をして眠るのだとヴィルヘルムが気づいたのは、つい最近のことだ。

 アンジェリカは何も知り得ない。この夜起きたことも、何もかも。
 それでも、ヴィルヘルムは全てをアンジェリカに与えてもらったのだと思う。

「ありがとう、アン」

 丸い額にそっと口づけて、ヴィルヘルムは眠る妻の隣を起こさぬよう、また静かに自分の身を横たえた。
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