「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
 それほど周りが見えているわけではない。ただ、なんとなくこうすればいいような気がする、という感覚だけがあって、その通りに振舞っていた。

「今の殿下は、“王太子”の役を演じておられるのだと思います。それだけの、違いかと」

 同い年でヴィルヘルムのいたずらに付き合ってくれていたはずのグレンは、勝手に一人大人になってしまって訳知り顔で微笑んでみせる。

「ご自分をもう少し、信用されてもよいのではないでしょうか?」
「そんなもんかな」

 けれど、信じる信じないもない。

 だって、自分は消えてしまうのだ。もし、魔女の呪いが解けて記憶が戻ってしまったら、今のヴィルヘルムはきれいさっぱりなくなってしまう。

「まあ、いなくなるなら、信じるしかないんだけどさ」

 呟いてしまったら、グレンは分かりやすく顔を顰めた。

「私は……殿下にその旨をお話しするのは反対しておりました」
「あーそうなんだ」

 実際教えてくれたのは宰相だった。魔術師団長はアンジェリカに口止めされていたらしいし、だとしたらこれが順当だったのかもしれない。

「本当に殿下が消えてしまうのでしたら、私は、それまでの日々を穏やかにお過ごしいただきたいと考えておりました。何の憂いもなく、毎日を過ごしてほしかった」

 それは長年仕えてくれた侍従の気遣いにほかならならないのだろう。

 いつも自分のいたずらに付き合わされて三歩後ろで半泣きになっていた子供の姿と、この目の前で悲嘆に暮れる男の姿が少しだけ重なった気がした。

「恐れながら、殿下はアンジェリカ妃殿下をどうなさるおつもりですか?」
「どうするって言われても」

 彼女は元々、二十八歳の自分の妻なのである。子供の自分にできることは、何もない。

「私はお仕えしてからこの方、あんなに仲睦まじいお二人をはじめて拝見いたしました。このまま妃殿下をお一人で残されるのは、あまりにも酷かと」

 一人、あの部屋で過ごすアンジェリカの姿が頭の中に浮かび上がる。あのがらんどうの部屋で、彼女は隠れてひっそりと泣くのだろうか。

 その時の自分はちゃんと、彼女の涙を拭ってやれるのだろうか。

「お手紙を書かれるというのは、いかがでしょうか」
「手紙?」

「今の殿下が思われていることを、書き記しておくのです。そうすれば、きっと何か伝わるものが」
「手紙、ねぇ」

 今の自分には大した学もない。字だってそんなにきれいじゃない。そんな大そうなものが書けるとは思えなかった。

「私が必ず、お渡しいたします。殿下のお心が分かれば、妃殿下もきっと」
「まあ、考えておくよ」

 気が進んだとは言い難い。けれど、グレンがあまりにも真剣な顔でいうものだから、ヴィルヘルムは頷いてしまった。
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