Existence *
「ストレスが原因で癌を招き起こした…とも言えるらしいって。3年前までは確実に病院に行ってて、でも次第に行かなかったらしい」

「……」

「仕事が手離せなくって、何度かキャンセルしてたみたい」

「……」

「多分、それがカナリの進行をさせてたと思うって」

「……」


俺のお袋と全く同じ症状。

あの頃の俺は知らなかったが、後から聞いて分かったこと。

だから美咲が思う気持ちも、美咲が考える気持ちも、今ならわかる。


あの頃は分からなかったけど、今なら美咲の気持ちがわかる。


美咲の横顔が寂しそうで、美咲はそのままグッと膝を抱え込んで顔を伏せた。


「お母さん…美咲にごめんねって言ってた」


次第にすすり泣く美咲の声が密かに聞こえてくる。

我慢していたのが壊れた様に顔を伏せて泣く美咲の身体を抱え込んで、そっと頭を撫ぜた。


「…ママは相変わらず」

「……」


すすり泣く美咲の言葉に俺の撫ぜていた手が止まる。


「ホント…ママの悪い癖だよ」

「ごめんな…」

「何で謝るの?」

「美咲が居ない間、ちゃんと気にかけようって思ってたのに…」


なのに俺は仕事に没頭し過ぎた。

お袋の事があったのに、俺は仕事一筋になってしまっていた。


「責める人なんて誰もいないよ」

「夜、空いてっから病院行くな」

「変な負担させてごめん」

「全然負担になってねぇし」

「…葵も、諒ちゃんもいつも行ってくれてるの。でも、私を見ると“ごめん“ばっか」

「諒也も葵ちゃんもすごいお母さんの事、気にかけていたから」

「うん、だから私は凄く嬉しいよ?けど、私はまだ葵と諒ちゃん…ママに恩返し出来てないな。…そして翔にも」


ゆっくりと頭を上げた美咲は寂しそうに悲しく笑った。

その瞳が潤んだ表情に再び俺は美咲の頭を撫ぜる。


「深く考えなくても諒也たちは何も思ってない。俺もな。お母さんには…今、出来る事をやればいい」

「……」


俺には出来なかったから。

俺はお袋に何も出来なかったから。


「今、してあげられる事をしたらいい」


今はそれだけで十分だから。

深く考えなくていい。


だけど、俺には分かってた。

お母さんの事もあるけど、それだけじゃないって事――…
< 112 / 115 >

この作品をシェア

pagetop