蒼天のグリモワール  〜最強のプリンセス・エリン〜

第43話 そして次の旅へ

「あっふ! こっ、くっ、くはぁぁぁぁああ! もちもち麺が口の中で踊るぅ! 濃厚スープの海に溺れちゃぅぅぅぅぅぅぅう!!」
 
 ブルーメンタール城での悪党退治を終えて戻ってきたわたしは、保安官事務所への報告を終えると、その足でサムラ麺の屋台へと向かった。
 もちろん礼金はしっかりいただきましたとも。

 テーブルが一脚壊れた影響が出たかと心配していたが、代わりのテーブルを用意することで事なきを得たらしい。
 あのときはユートにテーブルごと丼を割られて食べられなかったが、そのユートも今ごろは病院のベッドの上だろう。
 人狼のハーゲンや魔女ユリアーナが襲ってくる心配もない。 
 誰にも邪魔されることなく、念願のサムラ麺を味わえる。

 保安官事務所での報告が長引き、行列に三十分並ぶことになったが、そのくらいは許容範囲だ。
 そうして出てきたサムラ麺は、評論家が絶賛するだけのことはあった。

「うっま! なにこれ! 麺はもっちもちだし、このスープのコクと来たら! あぁ、煮卵! 半熟でいい具合に浸かってるわ。それにチャーシュー! お口の中でとろけるだなんて! え? 替え玉あるの? 親父さぁぁん! 替え玉一丁ぉぉ!!」
「あいよ!」
「エリン、うるさいよ……」

 わたしの足元から白猫アルの呆れたような声が聞こえてくる。
 魔法生物のアルは契約したわたしから生気を吸い取っているので食事の必要はない。
 ただ、食べて食べられないというわけでもないらしく、今までも色々と現世のものを口にしている。
 だが、さすがにこのサムラ麺は熱すぎて無理なのだろう。
 猫舌とはよく言ったものだ。

「そんなに美味しいものなのかね、見るからにチープな麺料理なのに」
「んもぅ、美味しすぎて感動の涙があふれて止まらないわよ。さすが若手のホープと言われるだけのことはあるわ。こんなに美味しい麵料理は久々よ? あー、今日は良く寝られそうだわ。……アルもちょっと食べる?」
「いらないよ! ボクが熱いの苦手だって知っているくせに!」 
「それは残念。これは頑張ったわたしへのご褒美なんだから、目一杯楽しまなくっちゃ。あんたの分までいただいちゃうからね!」
「はいはい。ま、実際良くやったよ。おつかれさま、エリン」

 こうしてわたしは、念願のサムラ麵を腹一杯堪能したのであった。

 ◇◆◇◆◇

 翌朝――。
 ノックの音に部屋のドアを開けると、そこにいたのはコボルトだった。
 人間の身体に革鎧を着こみ、腰には大剣を()いているが、頭は犬だ。
 コボルト自体はどこの街にでもいるたいして珍しくもない種族なので、こうして普通に歩いていれば、この街を何度も襲ったハーゲンの手下とは思われないのだろう。
 さすがにハーゲン本人がそのままこの街を歩いていたら、速攻捕まるだろうけれど。

「病院、ココ」
「ありがと」

 病院まで道案内してくれたコボルトに礼を言って別れたわたしは、早速玄関を(くぐ)った。
 受付で聞いた病室の扉をノックして開けると、そこは二人部屋だったようで、ユート、イルマの兄妹が仲良くベッドで上半身を起こして何やら楽しそうに会話をしていた。
 二人そろってこちらを向く。

「お! よぉ、エリン。無事だったか! ってことは勝ったんだな? あの魔女に」
「わたしが負けるわけないじゃない。あんたも外傷は大したことないでしょ? 内臓はボロボロだろうけど」

 お土産に市場で買ったリンゴをテーブルにドサっと置いたわたしは、ベッドの脇に置いてあったパイプ椅子に座った。

「生命力を吸われまくったからな。しばらくは安静らしいぜ」
「あ、あの……」

 わたしはおずおずと何かを話そうとする黒髪ロングの少女――イルマの方に椅子に座ったまま振り返ると、いきなりその顔を両の手のひらで挟んだ。
 わたしと同年齢でそれなりに可愛い顔をしているが、元々自信のない内気なタイプなようで焦りまくっている。

「え? あ、あの……」
「センティアント(感知)」

 途端に、わたしの頭の中にイルマの身体情報(しんたいじょうほう)が入ってくる。
 特筆すべき異常点はなし。肉体(ボディ)精神体(アストラル)も全て人間の許容範囲内だ。
 心配だったのは、吸血鬼成分が完全に除去できているかという部分だったのだが、この数値ならせいぜい日差しのキツい日にサングラスが必要になる程度で、特に日常生活に問題はないだろう。
 イルマの顔から手を離す。

「イルマ、わたしが分かる?」
「は、はい。会ったのは初めてだと思いますが、兄から色々と聞いております」
「わたしのことを知らない? ……あなたの記憶、どこが最新?」
「兄と二人でこの街に来たときでしょうか。あれが半年前だったと聞いてびっくりしています」

 ユートがコクコクとうなずいている。

「そっか。そこからの記憶が飛んでいるのね。まぁマリウスの支配下にあったことだし、仕方がないでしょ。想定の範囲内だわ。魔法の検査範囲では問題はないから、あとは医者の指示に従ってちょうだい。じゃ、わたしは行くわね」

 立ち上がったわたしを、ユートが慌てて呼び止める。

「え、おい! もう行っちまうのかよ。オレたち今週いっぱい入院しているように言われてるんだよ。まだいろよ」
「あんた馬鹿なの? なんでわたしがあんたの都合に合わせなきゃいけないのよ」
「そんな冷たい。オレとお前の仲じゃないか」
「出会いの段階から最悪だった上に、あんた、ブルーメンタール城でわたしを殺そうとしたでしょ! 仲が良くなる要素が一つもないんだけど!!」
「あは、あはははは」

 イルマが笑う。

「ふふ。あはははは」

 釣られてわたしも笑う。
 一しきり笑った後、わたしはイルマの身体を優しく抱きしめた。

「あ、あの!?」

 慌てるイルマの耳にそっとつぶやく。

「あなたの身体の再生で、足りない部分を補うためにお兄さんの魂を少し分けてもらったの。だから、お兄さんに何かあったときにあなたも心が()くとか、何か影響があると思う」
「は、はい……」
「でも同時にわたしの魂も分け与えたわ。だからわたしもまた、あなたとも繋がっている。もし何かピンチに陥ったらわたしの名前を呼びなさい。助けてあげるから」

 身体を離したわたしは、イルマに向かってウィンクを放った。
 なぜだかイルマが顔を真っ赤にする。

「あ、ありがとうございました!」
「じゃあね、イルマ。ユートは……ま、どうでもいいわ。お達者で」
「ひどい!!」

 病院から出たわたしは、そこに繋いでおいた手綱(たづな)をほどいた。
 出発と分かって、ミーティアが嬉しそうに啼く。
 ミーティアにまたがり発進させると同時に、白猫アルが姿を現す。
  
「お、行くか。エリンは休んでなくて大丈夫なのか? もうしばらくここにいてもいいんだぞ?」
「わたしはいいのよ。悪魔の書も無事燃やしたし、念願のサムラ麺も食べられたし、もうここに用はないもの。アルこそ大丈夫なの? 白のペルソナはわたしだけじゃなくアルにも負担があるんじゃないの?」
「あれはエリンの中に育ちつつある悪魔の力を解放したものだ。ボクはそのコントロールに力を貸しているに過ぎない。なんてことないさ」
「ならいいけど。じゃ、話がまとまったところで先に進みましょ。新たなグルメがわたしたちを待っているわ」
「おいおい、目的が食事になっちゃってるよ」

 わたしとアルは、ミーティアの背で目を合わせて笑い合った。

 旅はまだまだ続く。
 この先何度も、強敵と戦ったり面倒臭い依頼ごとに巻き込まれたりと色々あるだろう。
 だから、旅の途中で美味しいものを食べたり綺麗な景色を堪能したりして、ちょこちょこ息抜きの時間も取り混ぜなくっちゃね。

 ミーティアの上で心地よい風に吹かれながら、わたしは微笑んだ。 
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