推しで一途な婚約者は、国一番の人気者!つまり毎日が修羅場です。
3章「vs麗しきご令嬢」_20話②:とある少女の昔話
それからは怒涛の日々であった。
孫娘から義理息子の仕打ちを聞いたウェンガー祖父母の怒りは頂点を超えた。義理息子の両親、さらにはララの母を慕っていた叔父夫妻へ話は広がった。
ララの父親は外面がとても良く、彼らの前では良き父親を演じ切っていたようだ。ララの様子の変化も、母親を失った悲しみからだと方便を使っていた。最後まで言い逃れる気でいたが、祖父母宛に半年間ララを虐待していた証拠が届いていた。
燃えた炎を素手で消す方法などはない。
ララの父親らは、中央区の屋敷家を追い出された。一切の関わらないよう契約も結び、ララへの慰謝料も振り込まれることに。祖父母の養子に迎えられたララは、姓がウェンガーとなったのだった。
ただし、住まいはそのまま中央の屋敷。ララの生活を慎重に検討を重ねた結果、母親との思い出が詰まっている屋敷でも暮らしたいと、丁度叔父家族の海外転勤から帰ってくることもあり、一緒に暮らすことになった。
使用人を改め、住環境を整えて。ようやく生活が安定し始めた頃。
ララは家出した日を何度も思い出していた。
あのまま男に連れて行かれたらどうなっていたか。
考えるだけで身がすくむ。彼女が見つけてくれたから、今幸せがある。
((かっこよかったな))
杏色の、強い瞳。彼女だけでない。ブルナー家族は親切に、優しく接してくれた。
それなのに、きちんとお礼を伝えていない。会って感謝を伝えれないか。祖父に悩みを打ちあげれば、直ぐに連絡を取ってくれた。
ー会ってくださる!西においで
ララは再び西へ赴いた。今度は叔父夫妻と共に。
待ち合わせた場所には、やたらと立派な馬車が迎えてくれた。ブルナー家の遣いだ。
毛並み輝く逞しい馬に、新緑の車体。5人乗ってもまだ余裕のある広さ。中央でもお目にかかれない。
何度見ても良い馬車だ。品格がある。中央区で見かけるのは、ローランド公の馬車ぐらいだ。
祖父が豪快に笑う横、叔父たちと馬車の中で緊張で身を固くするララ。
『だいじょうぶよ。本当に優しくて、気さくな方々だから』
祖母が優しく言葉を掛ける。その表情は優しい。
『お祖父様たちは、どちらで仲良くなったの?』
『召喚公は街をよくふらついているからね。直ぐに顔見知りになったよ。仲良くなったのは召喚公のお父上、オノフレド様と意気投合してからかな。同じ年の孫がいると盛り上がって』
孫だけでなく、亡き娘、ララの母親の話を聞いてくれる彼ら。それはもう、懐かしくも楽しい時間を過ごしたようだ。彼らとの交流の中で、他の友人もできたのだとか。
『それで私の写真を見せたの?』
『うん?え、あ。うん!』
少し歯切れの悪い答えであったが、まだ幼い彼女は気付かなかった。
『ねぇ、おじいさま。同い年って、ブルナーご兄妹の子?…アンジュ"ちゃん"でいいんだよね?』
アンジュ、は男性名だ。名前に性別の垣根が無くなって久しいが、幻獣種と人が生きる大地を統治するブルナー家ならば何か意味があるような気がしたのだ。
『うん。女の子だよ。愛し子は、名前で相殺するんだそうだ。だから祖父様も、オノフレド・アマーリア・ブルナー様とおっしゃるんだ』
『へー!愛し子って精霊の?』
ララの祖父は首を横に振る。彼女の祖父オノフレドから聞いた話では、アンジュは幻獣種の愛し子。オノフレド自身は精霊の愛し子、であり精霊に多く目をかけてもらっているが、アンジュはどうも多種族からひどく愛されるのだそうだ。
『すごい…』
『代わりに、彼女は誰も契約できない。ご本人は努力されているから、いつかは叶うかもな』
『へー!』
思い出す力強さは、その信念を体現していたのか。ララは尊敬し、目を輝かせる。
『あら、敷地に着いたみたいね』
興味津々で窓から外を眺めると、目を見張るほど大きな門である。
門番に笑顔で見送られ、さらに太い道を走る事15分。ようやく屋敷に到着した。
初めてブルナー家屋敷に足を踏み入れたララと叔父夫妻は、感嘆の言葉すら出てこない。
まず敷地の広いこと、広いこと。訓練用の器具が組まれている庭は見たことあったが、空きスペースは比ではない。そもそも湖があるのだから、庭と表現しない方が良いのかもしれない。
屋敷も一見素朴であるが、堅牢に造られている。古城と豪邸を足して割った印象を受けた。玄関ホールから豪勢で、優美なアールを描くサーキュラー階段。廊下にも細かな装飾が施されている。白を基調にした内装に、赤い絨毯や色の濃い木彫の家具が並ぶ。
5人が通された応接間には、ブルナー夫妻とポエテランジュが待っていた。
『ようこそ。中央からお越しくださり、ありがとうございます』
ララたちは、彼らに深々と頭を下げた。
『召喚公。孫娘を助けていただいたばかりか、この度は私どもの願いを聞き入れてくださり、誠にありがとうございます』
『私たちからも、感謝しかございません。何も知らぬ愚か者のまま、この子を失うところでした』
『ご丁寧にありがとうございます。先日の事件について、私は責務の1つを果たしたまでです。事件が未遂に終わったのは、娘たちのおかげですから。だからそんなに頭を下げないでください。それにその子を本当に救ったのは、貴方達だ。以前にも増して、輝きが戻っている』
ララの祖父と叔父の言葉に、優しく微笑む夫妻はしゃがむと、ララと目線を合わせた。
『改めて。私はデュドネ・ブルナー。こちらは妻のナディア。どうぞよろしく』
『こんにちは。元気なお姿で会えて、嬉しいわ』
『ララ・ウェンガーです。助けてくださり、ありがとうございました。感謝を伝えられず、失礼しました』
言葉が詰まらないように、ララはゆっくりと挨拶を紡ぐ。
『感謝なんて。1番大変だったのは君だろうに。素晴らしい行動力と忍耐力だ。だがもう1人じゃない。困った時には、周りを頼ってほしい』
『はい。もう、大丈夫です』
ララは左右に立つ、祖父母と叔父夫妻に目を向ける。ここにはいないが、従兄弟も、今は頼れる使用人もいる。
ララの表情に、夫妻は満面な笑みを浮かべた。その表情にララの緊張は溶けていく。気さくな方だと聞いていたが、言葉以上に親しみやすい。西の、国の重要人物だと忘れてしまいそうだ。
『よかったら、子どもたちを紹介してもいいかしら?皆、貴女に会えるのを楽しみにしていたの』
『はい。もちろんです』
『ありがとう。さぁ、みんな入っておいで!』
父親の呼び声でブルナー兄妹、さらには精霊たちが部屋に入って来た。
ライオネル、セレスト、セオドア、コトレット、アンジュ。そしてポエテランジュの子どもたち。
『ぴゅい!ぴゅぴゅい!』『元気になったんだね』『ビュー…』『クーッホッホ』『顔色も良いわね。よかった』『ホーピュイ』『ちゃんとご飯食べてるのか?』『ピュイ』『ピュ』『フォ』『兄さん、なんてデリケートな話題を…』『ムケケ』『ピ…』『ひゅい!』『ギュイギュイ』『………!』
多い、多い、多い。想像以上の人数ーその上大半の言葉はわからないーに話しかけられ、残っていた萎縮していた気持ちも吹き飛んでしまった。
『こ、この間はありがとうございました、わっ』
真横に、顔をじっと見つめるアンジュがいた。腕に熊のぬいぐるみはない。彼女はぐるりとララを一周すると、満面な笑みを浮かべた。
『うん!よかった』
その笑顔たるや、デュドネにそっくりであった。一体何が良かったのかわからないが、満足げに頷く。
『笑顔可愛い』
『ね。笑顔が似合う』
『えっ!』
アンジュとコトレットの言葉に、ララは思わず赤面する。祖父母と叔父夫妻がにやりと笑っている雰囲気を感じ、ララはむくれる。
『よろしくね!ララちゃん』
『…うん。よろしく、ね』
差し伸ばされた手をララは握る。自分と同じ小さいが、力強い温かな手であった。安心してしまう心地よさ。
『私たちも。これからよろしく』
握られた手に子供たちの手も重なれば、握手ではなく円陣となった。
『……………何この状況』
冷静に突っ込むコトレットの言葉に笑いが起こる。
実に、実に気さくな家族である。
『さあ皆様。遠くからいらっしゃってくれたのです。ぜひ親交を温めさせてくださいな』
人生とは流れが変わる川のよう。
感謝を伝えにきたはずが、すっかり親睦会と変わった。
会ったのは2回目だけだというのに、ブルナー家族とララ、叔父夫妻もあっという間に打ち解けた。
特にアンジュとは、かっちり合った。性格はもちろん、育った場所も、趣味も好きなものも違ったにも関わらず、何故か噛み合う、馴染む。
温室で開かれた茶話会で、ブルナー領さんで取れた果物や魚を使った料理ーほとんどが家族の手作りだと知り驚いてしまうーを堪能し、兄妹や幻獣種と遊び回る。ララの心からの笑顔に、彼女の祖父母は思わず涙が滲んでしまった。
途中セオドアの親友がパイと、紐でぐるぐる巻きにされた熊のぬいぐるみを持ってやって来た。
家出した日、荷物に置かれていたぬいぐるみだ。今は足をばたつかせて暴れている。
『い、生きてる…』
『この子、おもちゃを社にする妖精なの。気に入った子の家に潜り込んで、驚かせていたずらするのが生きがいなんだ』
中央区でフラフラしていたぬいぐるみ妖精は、家出中のララを気に入り、西まで追いかけて来た。子供ならば持って帰ると踏んでいたにも関わらず、まさかの駅員の元へ。慌ててララを探している時に、家族で街に遊びに来ていたアンジュに捕まった。急に家族から離れた妹を迎えに来たコトレットと、丁度ララが攫われる瞬間を目撃した。父親たちに話に戻る暇はないと、近くにいた精霊に伝言を頼み、ララを助けに繰り出した訳だ。
『そう、だったんだ。助けてくれてありがとう。…けど、アンジュもコトレットさんも危ないことはしないでね』
初めて聞かされた、自身が助け出された経緯。目の前で動く妖精にも助けられていたとは。ララはぬいぐるみ妖精の頭を撫でる。この子と、アンジュたちのおかげで助かった。が、それでも彼女たちも一歩間違えていれば危ない目に遭っていたのだ。もしも、を思えば恐ろしい。
『ありがとう。お母さんたちにもすごく怒られたけど…たぶん、おんなじことが起こったら駆け出すと思う』
『だから、次はもっと、きちんと上手くやるよ。家族を心配させたら意味ないから』
アンジュとコトレットはしっかり宣言する。後ろで話を聞いていた彼女たちの母親の目が鋭く光った。びくりと肩が跳ねる。
『気をつけるもん!強くなるもん!』
『ます!』
『全く。絶対に、危険なことはしないで。自分が傷ついては、助けられた人も気にしてしまうから』
母親と指切りする2人。彼女の厳しくも慈愛に満ちた表情が、自分の亡くなった母親を思い出した。ぎゅっと胸が切なくなる。
『あぁ。強くなるのは良いけれど、自分の命を大切にする。人生において最優先事項だ。頼ることも策の1つ、そう割り切るのも大切だ。なにより』
息子たちを抱きしめるデュドネも、それは優しい声音である。
『お前たちが傷つくのは、耐えられないよ。もちろん、ララちゃんも』
ぽん、とララの頭に温もりを感じる。顔を上げれば、祖父母の優しくて、大きな手で撫でられていた。その後ろに、叔父夫婦もいる。確かに、彼らに心配をかけたくはないし、彼らが傷つくのも耐えられない。
『はい!そして、私も強くなります!』
『じゃ、一緒だね!』
『…あれ?なんか違った方向に行ったな』
大人を頼りなさい、の意味合いで話をしていたのだが。思い込めば一直線に進んでいくアンジュの言葉に、負けん気の強いララの心に強く響いた。2人仲良く奮起する様子に、困った顔の家族を見つめる精霊たちは、やれやれと首を振っていたという。
陽が沈む頃には、生まれてから共に過ごして来たような、仲を深めたララとアンジュ。
『ララ、明日は湖で遊ぼ!スケートやろう』
『うん!それじゃあ明日ねアンジュ。皆様もまた!』
夕陽に照らされる2人の笑顔。
週末は祖父母の元で過ごした後は中央へと戻ったララ。
以降も、お互いの家をよく行き来した。
中央で開かれた祭りで、人々を守る形でブルナー兄妹の父・デュドネが亡くなってからも。
事件からアンジュと会えないまま、手紙だけで交流が続いた1年間も。
ようやく会えた親友の容姿が、変わっていても。
悪意で親友が、さらにはブルナー家族が言われない誹謗中傷を受けても。
ブルナー家族から、親友から。付き合いを避けた方がいいと提案されても。
『自分が傷ついている時に、人の心配するな!それに、私は私の幸せな世界で生きる!そこに、アンジュや、ブルナー家族がいて欲しいの!』
ララは選んだ。アンジュを、ブルナー家族を。助けられた恩以上に、一緒に過ごすのが楽しく面白く、力になったから。
絆、いや意地と表現すべきか。人生初の喧嘩を経て、ララとアンジュの仲はより強固になった。
彼女の祖父母や、叔父家族もだ。
幸せだった、小さな小さなララ。
母親との思い出を胸に、たっぷり受けた愛情ですくすくと育った。強く、逞しく、強かに。相変わらず口調は荒いが、一つずつ幸せを噛み締め、また愛を返すことができる女性へと成長した。
そんな彼女の側で、大切な親友たちが今日も一緒に笑っている。
孫娘から義理息子の仕打ちを聞いたウェンガー祖父母の怒りは頂点を超えた。義理息子の両親、さらにはララの母を慕っていた叔父夫妻へ話は広がった。
ララの父親は外面がとても良く、彼らの前では良き父親を演じ切っていたようだ。ララの様子の変化も、母親を失った悲しみからだと方便を使っていた。最後まで言い逃れる気でいたが、祖父母宛に半年間ララを虐待していた証拠が届いていた。
燃えた炎を素手で消す方法などはない。
ララの父親らは、中央区の屋敷家を追い出された。一切の関わらないよう契約も結び、ララへの慰謝料も振り込まれることに。祖父母の養子に迎えられたララは、姓がウェンガーとなったのだった。
ただし、住まいはそのまま中央の屋敷。ララの生活を慎重に検討を重ねた結果、母親との思い出が詰まっている屋敷でも暮らしたいと、丁度叔父家族の海外転勤から帰ってくることもあり、一緒に暮らすことになった。
使用人を改め、住環境を整えて。ようやく生活が安定し始めた頃。
ララは家出した日を何度も思い出していた。
あのまま男に連れて行かれたらどうなっていたか。
考えるだけで身がすくむ。彼女が見つけてくれたから、今幸せがある。
((かっこよかったな))
杏色の、強い瞳。彼女だけでない。ブルナー家族は親切に、優しく接してくれた。
それなのに、きちんとお礼を伝えていない。会って感謝を伝えれないか。祖父に悩みを打ちあげれば、直ぐに連絡を取ってくれた。
ー会ってくださる!西においで
ララは再び西へ赴いた。今度は叔父夫妻と共に。
待ち合わせた場所には、やたらと立派な馬車が迎えてくれた。ブルナー家の遣いだ。
毛並み輝く逞しい馬に、新緑の車体。5人乗ってもまだ余裕のある広さ。中央でもお目にかかれない。
何度見ても良い馬車だ。品格がある。中央区で見かけるのは、ローランド公の馬車ぐらいだ。
祖父が豪快に笑う横、叔父たちと馬車の中で緊張で身を固くするララ。
『だいじょうぶよ。本当に優しくて、気さくな方々だから』
祖母が優しく言葉を掛ける。その表情は優しい。
『お祖父様たちは、どちらで仲良くなったの?』
『召喚公は街をよくふらついているからね。直ぐに顔見知りになったよ。仲良くなったのは召喚公のお父上、オノフレド様と意気投合してからかな。同じ年の孫がいると盛り上がって』
孫だけでなく、亡き娘、ララの母親の話を聞いてくれる彼ら。それはもう、懐かしくも楽しい時間を過ごしたようだ。彼らとの交流の中で、他の友人もできたのだとか。
『それで私の写真を見せたの?』
『うん?え、あ。うん!』
少し歯切れの悪い答えであったが、まだ幼い彼女は気付かなかった。
『ねぇ、おじいさま。同い年って、ブルナーご兄妹の子?…アンジュ"ちゃん"でいいんだよね?』
アンジュ、は男性名だ。名前に性別の垣根が無くなって久しいが、幻獣種と人が生きる大地を統治するブルナー家ならば何か意味があるような気がしたのだ。
『うん。女の子だよ。愛し子は、名前で相殺するんだそうだ。だから祖父様も、オノフレド・アマーリア・ブルナー様とおっしゃるんだ』
『へー!愛し子って精霊の?』
ララの祖父は首を横に振る。彼女の祖父オノフレドから聞いた話では、アンジュは幻獣種の愛し子。オノフレド自身は精霊の愛し子、であり精霊に多く目をかけてもらっているが、アンジュはどうも多種族からひどく愛されるのだそうだ。
『すごい…』
『代わりに、彼女は誰も契約できない。ご本人は努力されているから、いつかは叶うかもな』
『へー!』
思い出す力強さは、その信念を体現していたのか。ララは尊敬し、目を輝かせる。
『あら、敷地に着いたみたいね』
興味津々で窓から外を眺めると、目を見張るほど大きな門である。
門番に笑顔で見送られ、さらに太い道を走る事15分。ようやく屋敷に到着した。
初めてブルナー家屋敷に足を踏み入れたララと叔父夫妻は、感嘆の言葉すら出てこない。
まず敷地の広いこと、広いこと。訓練用の器具が組まれている庭は見たことあったが、空きスペースは比ではない。そもそも湖があるのだから、庭と表現しない方が良いのかもしれない。
屋敷も一見素朴であるが、堅牢に造られている。古城と豪邸を足して割った印象を受けた。玄関ホールから豪勢で、優美なアールを描くサーキュラー階段。廊下にも細かな装飾が施されている。白を基調にした内装に、赤い絨毯や色の濃い木彫の家具が並ぶ。
5人が通された応接間には、ブルナー夫妻とポエテランジュが待っていた。
『ようこそ。中央からお越しくださり、ありがとうございます』
ララたちは、彼らに深々と頭を下げた。
『召喚公。孫娘を助けていただいたばかりか、この度は私どもの願いを聞き入れてくださり、誠にありがとうございます』
『私たちからも、感謝しかございません。何も知らぬ愚か者のまま、この子を失うところでした』
『ご丁寧にありがとうございます。先日の事件について、私は責務の1つを果たしたまでです。事件が未遂に終わったのは、娘たちのおかげですから。だからそんなに頭を下げないでください。それにその子を本当に救ったのは、貴方達だ。以前にも増して、輝きが戻っている』
ララの祖父と叔父の言葉に、優しく微笑む夫妻はしゃがむと、ララと目線を合わせた。
『改めて。私はデュドネ・ブルナー。こちらは妻のナディア。どうぞよろしく』
『こんにちは。元気なお姿で会えて、嬉しいわ』
『ララ・ウェンガーです。助けてくださり、ありがとうございました。感謝を伝えられず、失礼しました』
言葉が詰まらないように、ララはゆっくりと挨拶を紡ぐ。
『感謝なんて。1番大変だったのは君だろうに。素晴らしい行動力と忍耐力だ。だがもう1人じゃない。困った時には、周りを頼ってほしい』
『はい。もう、大丈夫です』
ララは左右に立つ、祖父母と叔父夫妻に目を向ける。ここにはいないが、従兄弟も、今は頼れる使用人もいる。
ララの表情に、夫妻は満面な笑みを浮かべた。その表情にララの緊張は溶けていく。気さくな方だと聞いていたが、言葉以上に親しみやすい。西の、国の重要人物だと忘れてしまいそうだ。
『よかったら、子どもたちを紹介してもいいかしら?皆、貴女に会えるのを楽しみにしていたの』
『はい。もちろんです』
『ありがとう。さぁ、みんな入っておいで!』
父親の呼び声でブルナー兄妹、さらには精霊たちが部屋に入って来た。
ライオネル、セレスト、セオドア、コトレット、アンジュ。そしてポエテランジュの子どもたち。
『ぴゅい!ぴゅぴゅい!』『元気になったんだね』『ビュー…』『クーッホッホ』『顔色も良いわね。よかった』『ホーピュイ』『ちゃんとご飯食べてるのか?』『ピュイ』『ピュ』『フォ』『兄さん、なんてデリケートな話題を…』『ムケケ』『ピ…』『ひゅい!』『ギュイギュイ』『………!』
多い、多い、多い。想像以上の人数ーその上大半の言葉はわからないーに話しかけられ、残っていた萎縮していた気持ちも吹き飛んでしまった。
『こ、この間はありがとうございました、わっ』
真横に、顔をじっと見つめるアンジュがいた。腕に熊のぬいぐるみはない。彼女はぐるりとララを一周すると、満面な笑みを浮かべた。
『うん!よかった』
その笑顔たるや、デュドネにそっくりであった。一体何が良かったのかわからないが、満足げに頷く。
『笑顔可愛い』
『ね。笑顔が似合う』
『えっ!』
アンジュとコトレットの言葉に、ララは思わず赤面する。祖父母と叔父夫妻がにやりと笑っている雰囲気を感じ、ララはむくれる。
『よろしくね!ララちゃん』
『…うん。よろしく、ね』
差し伸ばされた手をララは握る。自分と同じ小さいが、力強い温かな手であった。安心してしまう心地よさ。
『私たちも。これからよろしく』
握られた手に子供たちの手も重なれば、握手ではなく円陣となった。
『……………何この状況』
冷静に突っ込むコトレットの言葉に笑いが起こる。
実に、実に気さくな家族である。
『さあ皆様。遠くからいらっしゃってくれたのです。ぜひ親交を温めさせてくださいな』
人生とは流れが変わる川のよう。
感謝を伝えにきたはずが、すっかり親睦会と変わった。
会ったのは2回目だけだというのに、ブルナー家族とララ、叔父夫妻もあっという間に打ち解けた。
特にアンジュとは、かっちり合った。性格はもちろん、育った場所も、趣味も好きなものも違ったにも関わらず、何故か噛み合う、馴染む。
温室で開かれた茶話会で、ブルナー領さんで取れた果物や魚を使った料理ーほとんどが家族の手作りだと知り驚いてしまうーを堪能し、兄妹や幻獣種と遊び回る。ララの心からの笑顔に、彼女の祖父母は思わず涙が滲んでしまった。
途中セオドアの親友がパイと、紐でぐるぐる巻きにされた熊のぬいぐるみを持ってやって来た。
家出した日、荷物に置かれていたぬいぐるみだ。今は足をばたつかせて暴れている。
『い、生きてる…』
『この子、おもちゃを社にする妖精なの。気に入った子の家に潜り込んで、驚かせていたずらするのが生きがいなんだ』
中央区でフラフラしていたぬいぐるみ妖精は、家出中のララを気に入り、西まで追いかけて来た。子供ならば持って帰ると踏んでいたにも関わらず、まさかの駅員の元へ。慌ててララを探している時に、家族で街に遊びに来ていたアンジュに捕まった。急に家族から離れた妹を迎えに来たコトレットと、丁度ララが攫われる瞬間を目撃した。父親たちに話に戻る暇はないと、近くにいた精霊に伝言を頼み、ララを助けに繰り出した訳だ。
『そう、だったんだ。助けてくれてありがとう。…けど、アンジュもコトレットさんも危ないことはしないでね』
初めて聞かされた、自身が助け出された経緯。目の前で動く妖精にも助けられていたとは。ララはぬいぐるみ妖精の頭を撫でる。この子と、アンジュたちのおかげで助かった。が、それでも彼女たちも一歩間違えていれば危ない目に遭っていたのだ。もしも、を思えば恐ろしい。
『ありがとう。お母さんたちにもすごく怒られたけど…たぶん、おんなじことが起こったら駆け出すと思う』
『だから、次はもっと、きちんと上手くやるよ。家族を心配させたら意味ないから』
アンジュとコトレットはしっかり宣言する。後ろで話を聞いていた彼女たちの母親の目が鋭く光った。びくりと肩が跳ねる。
『気をつけるもん!強くなるもん!』
『ます!』
『全く。絶対に、危険なことはしないで。自分が傷ついては、助けられた人も気にしてしまうから』
母親と指切りする2人。彼女の厳しくも慈愛に満ちた表情が、自分の亡くなった母親を思い出した。ぎゅっと胸が切なくなる。
『あぁ。強くなるのは良いけれど、自分の命を大切にする。人生において最優先事項だ。頼ることも策の1つ、そう割り切るのも大切だ。なにより』
息子たちを抱きしめるデュドネも、それは優しい声音である。
『お前たちが傷つくのは、耐えられないよ。もちろん、ララちゃんも』
ぽん、とララの頭に温もりを感じる。顔を上げれば、祖父母の優しくて、大きな手で撫でられていた。その後ろに、叔父夫婦もいる。確かに、彼らに心配をかけたくはないし、彼らが傷つくのも耐えられない。
『はい!そして、私も強くなります!』
『じゃ、一緒だね!』
『…あれ?なんか違った方向に行ったな』
大人を頼りなさい、の意味合いで話をしていたのだが。思い込めば一直線に進んでいくアンジュの言葉に、負けん気の強いララの心に強く響いた。2人仲良く奮起する様子に、困った顔の家族を見つめる精霊たちは、やれやれと首を振っていたという。
陽が沈む頃には、生まれてから共に過ごして来たような、仲を深めたララとアンジュ。
『ララ、明日は湖で遊ぼ!スケートやろう』
『うん!それじゃあ明日ねアンジュ。皆様もまた!』
夕陽に照らされる2人の笑顔。
週末は祖父母の元で過ごした後は中央へと戻ったララ。
以降も、お互いの家をよく行き来した。
中央で開かれた祭りで、人々を守る形でブルナー兄妹の父・デュドネが亡くなってからも。
事件からアンジュと会えないまま、手紙だけで交流が続いた1年間も。
ようやく会えた親友の容姿が、変わっていても。
悪意で親友が、さらにはブルナー家族が言われない誹謗中傷を受けても。
ブルナー家族から、親友から。付き合いを避けた方がいいと提案されても。
『自分が傷ついている時に、人の心配するな!それに、私は私の幸せな世界で生きる!そこに、アンジュや、ブルナー家族がいて欲しいの!』
ララは選んだ。アンジュを、ブルナー家族を。助けられた恩以上に、一緒に過ごすのが楽しく面白く、力になったから。
絆、いや意地と表現すべきか。人生初の喧嘩を経て、ララとアンジュの仲はより強固になった。
彼女の祖父母や、叔父家族もだ。
幸せだった、小さな小さなララ。
母親との思い出を胸に、たっぷり受けた愛情ですくすくと育った。強く、逞しく、強かに。相変わらず口調は荒いが、一つずつ幸せを噛み締め、また愛を返すことができる女性へと成長した。
そんな彼女の側で、大切な親友たちが今日も一緒に笑っている。