推しで一途な婚約者は、国一番の人気者!つまり毎日が修羅場です。
3章「vs麗しきご令嬢」_36話:恋とは愛とは
(『恋って、愛ってなんだろう』)
かつて親友に聞かれて答えられなかった疑問。
腕に抱くアルフレードの髪を撫でながら、アンジュは疑問を心の中で呟く。
駆けて借家に来た彼をもてなす間も無く、抱えられること数時間。姉と会う予定であった彼に、何があったのかは聞けていない。泣いてはいないが、黙り込む彼の心中が明るいものではないと察することはできた。
狂わしてしまう愛、想い。星が、種族が違っても、いくつもの恋愛譚が存在するのだ。
愛に、恋に悩むは生き物の宿命か。それとも、子孫繁栄の本能を複雑にした知恵者への罰か。
しかしお陰で病みかけた心は婚約者によって救われた。
かつて。亡くなった母が父を愛していたのだと気づき、1日荒れた親友が言った言葉が反芻する。
愛とは、恋とは。
「気づいたことがあるんだ」
腕の中の彼の声はくぐもっている。アンジュは少し腕の力を緩めると、アルフレードはゆっくりと顔を上げた。
「俺も、アンジュも。親からの遺伝子に、今までの経験や選択、生活から今がある。そういった積み重ねの中で一致できたから、2人一緒にいれるんだって」
人には、特別な人はいないという。周りを見ていないからこそ、たった1人を特別だと思い込むのだと。
言い分はわかる。己とて特別でないただの人だ。
ただ、唯一はいると考える。
過去を振り返れば、周りには多くの人々がいた。出会ってきた中で、これからも共にいたいと思うただ1人。特別な力を持った、限りなく高い技術を会得した、他の人と同じように悩み苦しむ人。
特別ではない、だけど人生では変えのきかない唯一の存在。
「だから。重いと言われようと、引かれても、例え世界を敵に回しても。アンジュと幸せになりたい。次元の果てに君を連れ去ってでも、アンジュと一緒にいたい。アンジュは?アンジュはどんな幸せを望む?」
「わたし、は」
アンジュは1つ息を吸い、吐き出すと共に言葉を紡ぐ。願いであり、明らかな望みであり、だが悩みがある本心。
「私も、幸せになりたい。アルフレードと一緒になりたい、年をとって、いつまでも共にいたい」
「うん」
「それを邪魔する人とは、闘うって決めた。君を失いたくない。それでね、それで…だけど…」
もっと、もっと何かがある。
形にならない欲が、望みが。なんなのかは不透明だが、彼の問いにあることが浮き彫りになる。
アルフレードの手が重なる。何度も救われた温かな、少しだけカサついた手。後でハンドクリームを塗らなければならないとアンジュはうっすらと思う。
「アンジュ。愛や恋がわからなくても幸せは定めれる、確実に積み上げれる。最近、色々とあり過ぎて混乱しているだけ。君は必ず答えを出せる。思いつきでもいい。その時々に教えて欲しい」
「うん」
アルフレードはアンジュの膝後ろに腕を差し込むと、彼女を抱えて膝に乗せる。抱える側が変わり、アンジュは身体を彼に傾ける。
「君に選ばれた俺が俺で、本当によかった」
熱烈な告白だ。雪など一瞬で溶かしてしまうに違いない。
緊張が解けたアンジュは、照れ隠しに頬を含ませる。
「…アルって、すごいこと言うね」
「アンジュには負けるよ」
アルフレードはアンジュをより引き寄せる。
「伝言貰ったんだ。彼から。申し訳ない、だって」
「……うん」
優しく微笑むアンジュの眉尻から、1筋の涙が頬を伝った。
じりじりじり。
玄関のベルが来訪者を告げる。2人揃って玄関に出向く。扉を開ければ、配達員であった。アンジュ宛の手紙の束と、大きな箱。
箱を見るなり顔を綻ばせたアンジュ。至極大切そうに手紙と箱を受け取っている。箱には赤いリボンに見覚えのあるロゴが記されたタグ。アルフレードは義姉が贔屓にしているデザイナーのサインである。
「何が届いたんだ?」
アンジュは笑みを深めると、丁重にリボンを解き蓋を開ける。中には1着のドレスが入っていた。
「夜会用に元々デザインしてもらってたドレス。折角だから作ってもらったんだ」
我儘を聞いてもらい変更になったが、元々のデザインも十分気に入っていた。夜会後、時間ができてから作ってもらえないかと願ったところ、彼らは快く了承してくれた。彼らも渾身のデザインが日の目を見ないことに残念に思っていたのだ。
完成まで数ヶ月かかると思っていたが優秀すぎる彼らの働きに感服するしかない。
ロベアタと義母にも贈っているため、今頃彼女らの元にも着いているに違いない。本当は男性陣分も作ってもらおうと考えていたのだが、勝手にパートナーの服を送るのは抵抗があった。何よりコルラードたちは夜会用の衣装をあまり増やさない。衣装ダンスのスペースがあまりないとロベアタが話していたのを思い出し、今回は見送った。
ちなみに。今回の新規ドレスの請求、変更分と追加分はアンジュ宛に届いている。仕事に対する対価は、きっちり払う。ただの一般軍人である彼女がいかにして払えるかは、まさに今まで貯金してきた分と、ブルナー家の子供であるからだ。通常ドレス数着分を一括で払える太客など滅多にいない。
ドレスを見ていると思い出される、先日の夜会。チクリと痛む心はないものとは考えない。しかしそればかりに囚われていても日々を送れないのだと今回痛感した。
「またどこかで。招待されたら一緒に」
「あぁ。絶対に」
現れたドレスに、アルフレードは釘付けである。この1着もまた、アンジュに似合うに違いない。
見たい。いつかではなく。
今。
「着た姿を見たいな」
アルフレードが唇でアンジュを可愛がる。柔らかな厚みの感覚に、アンジュは首元がくすぐだく感じる。あの夜の熱がふつりと思い出された。
「ア、アルフレード…?」
「俺にはよく見せて欲しいって言っただろう?アンジュのドレス姿よく見たい。これも幸せのひとつだな」
夜会の後、散々踊り食べ楽しみ、騒ぎの影響もあり疲れて借家に戻った。その後は大して楽しまずに着替えてしまった。あの日の約束も叶えて欲しい。
約束と幸せを盾にする、実にずる賢いやり方だ。少しずつ婚約者の強固な壁を打ち破るか学んでいる彼は、確実に狙いを定めて堕としにかかる。
「それはずるい」
アンジュも歯を噛み締め唸り声を上げる。
「だめか?」
首を傾けてみせる。アルフレードは押しに押していく。もたつくアンジュ。恥ずかしがり屋な彼女は断るかと思った、が。今晩は違うようだ。
「…ある?」
「ん?」
あまりにも小声であったため聞き直せば、彼女はしっかりと、そしてカタコトでもう1度伝える。
「せーふらいん、あるなら」
「もちろんだ」
ふとアルフレードの顔が近づき、アンジュは思わず瞼を固く閉じる。
「無理強いはしない。大切な人を傷つけたくないから」
耳元で甘さの漂う声音で囁かれ、アンジュの顔の赤みは最高潮に。全身から湯気が立ち、その熱でふわりとした髪質の白髪がうねる。
アルフレードは動かなくなった彼女を抱きしめると、荷物も抱え上げて階段を上がっていく。赤面するアンジュを抱えるアルフレード。もうこのやりとりは、2人の定番になりつつある。何を見せられているのか、などと考えてはいけない。
2人のイチャイチャこそ、世界の平和と言っても過言ではないのだから。彼の周りに音符が舞っている。目の錯覚に違いないが、浮かれ絶好調。やりたいことが次々と思い浮かぶ。
「そうだ。メイクもやっていいか?」
「できるの?」
「勉強した。義姉さんと母さんにもみっちり教えともらったし。あ、髪型もいじりたい」
「わぁ…」
改めて、アルフレードの器用さにアンジュは驚愕の声しか出なかった。
今日は長くなりそうだ。
2人の仲の良さを祝福するように、はたまた呆れているのかも知れないが。路地を通り抜ける風には間違いなく、春の暖かみが含まれていた。
かつて親友に聞かれて答えられなかった疑問。
腕に抱くアルフレードの髪を撫でながら、アンジュは疑問を心の中で呟く。
駆けて借家に来た彼をもてなす間も無く、抱えられること数時間。姉と会う予定であった彼に、何があったのかは聞けていない。泣いてはいないが、黙り込む彼の心中が明るいものではないと察することはできた。
狂わしてしまう愛、想い。星が、種族が違っても、いくつもの恋愛譚が存在するのだ。
愛に、恋に悩むは生き物の宿命か。それとも、子孫繁栄の本能を複雑にした知恵者への罰か。
しかしお陰で病みかけた心は婚約者によって救われた。
かつて。亡くなった母が父を愛していたのだと気づき、1日荒れた親友が言った言葉が反芻する。
愛とは、恋とは。
「気づいたことがあるんだ」
腕の中の彼の声はくぐもっている。アンジュは少し腕の力を緩めると、アルフレードはゆっくりと顔を上げた。
「俺も、アンジュも。親からの遺伝子に、今までの経験や選択、生活から今がある。そういった積み重ねの中で一致できたから、2人一緒にいれるんだって」
人には、特別な人はいないという。周りを見ていないからこそ、たった1人を特別だと思い込むのだと。
言い分はわかる。己とて特別でないただの人だ。
ただ、唯一はいると考える。
過去を振り返れば、周りには多くの人々がいた。出会ってきた中で、これからも共にいたいと思うただ1人。特別な力を持った、限りなく高い技術を会得した、他の人と同じように悩み苦しむ人。
特別ではない、だけど人生では変えのきかない唯一の存在。
「だから。重いと言われようと、引かれても、例え世界を敵に回しても。アンジュと幸せになりたい。次元の果てに君を連れ去ってでも、アンジュと一緒にいたい。アンジュは?アンジュはどんな幸せを望む?」
「わたし、は」
アンジュは1つ息を吸い、吐き出すと共に言葉を紡ぐ。願いであり、明らかな望みであり、だが悩みがある本心。
「私も、幸せになりたい。アルフレードと一緒になりたい、年をとって、いつまでも共にいたい」
「うん」
「それを邪魔する人とは、闘うって決めた。君を失いたくない。それでね、それで…だけど…」
もっと、もっと何かがある。
形にならない欲が、望みが。なんなのかは不透明だが、彼の問いにあることが浮き彫りになる。
アルフレードの手が重なる。何度も救われた温かな、少しだけカサついた手。後でハンドクリームを塗らなければならないとアンジュはうっすらと思う。
「アンジュ。愛や恋がわからなくても幸せは定めれる、確実に積み上げれる。最近、色々とあり過ぎて混乱しているだけ。君は必ず答えを出せる。思いつきでもいい。その時々に教えて欲しい」
「うん」
アルフレードはアンジュの膝後ろに腕を差し込むと、彼女を抱えて膝に乗せる。抱える側が変わり、アンジュは身体を彼に傾ける。
「君に選ばれた俺が俺で、本当によかった」
熱烈な告白だ。雪など一瞬で溶かしてしまうに違いない。
緊張が解けたアンジュは、照れ隠しに頬を含ませる。
「…アルって、すごいこと言うね」
「アンジュには負けるよ」
アルフレードはアンジュをより引き寄せる。
「伝言貰ったんだ。彼から。申し訳ない、だって」
「……うん」
優しく微笑むアンジュの眉尻から、1筋の涙が頬を伝った。
じりじりじり。
玄関のベルが来訪者を告げる。2人揃って玄関に出向く。扉を開ければ、配達員であった。アンジュ宛の手紙の束と、大きな箱。
箱を見るなり顔を綻ばせたアンジュ。至極大切そうに手紙と箱を受け取っている。箱には赤いリボンに見覚えのあるロゴが記されたタグ。アルフレードは義姉が贔屓にしているデザイナーのサインである。
「何が届いたんだ?」
アンジュは笑みを深めると、丁重にリボンを解き蓋を開ける。中には1着のドレスが入っていた。
「夜会用に元々デザインしてもらってたドレス。折角だから作ってもらったんだ」
我儘を聞いてもらい変更になったが、元々のデザインも十分気に入っていた。夜会後、時間ができてから作ってもらえないかと願ったところ、彼らは快く了承してくれた。彼らも渾身のデザインが日の目を見ないことに残念に思っていたのだ。
完成まで数ヶ月かかると思っていたが優秀すぎる彼らの働きに感服するしかない。
ロベアタと義母にも贈っているため、今頃彼女らの元にも着いているに違いない。本当は男性陣分も作ってもらおうと考えていたのだが、勝手にパートナーの服を送るのは抵抗があった。何よりコルラードたちは夜会用の衣装をあまり増やさない。衣装ダンスのスペースがあまりないとロベアタが話していたのを思い出し、今回は見送った。
ちなみに。今回の新規ドレスの請求、変更分と追加分はアンジュ宛に届いている。仕事に対する対価は、きっちり払う。ただの一般軍人である彼女がいかにして払えるかは、まさに今まで貯金してきた分と、ブルナー家の子供であるからだ。通常ドレス数着分を一括で払える太客など滅多にいない。
ドレスを見ていると思い出される、先日の夜会。チクリと痛む心はないものとは考えない。しかしそればかりに囚われていても日々を送れないのだと今回痛感した。
「またどこかで。招待されたら一緒に」
「あぁ。絶対に」
現れたドレスに、アルフレードは釘付けである。この1着もまた、アンジュに似合うに違いない。
見たい。いつかではなく。
今。
「着た姿を見たいな」
アルフレードが唇でアンジュを可愛がる。柔らかな厚みの感覚に、アンジュは首元がくすぐだく感じる。あの夜の熱がふつりと思い出された。
「ア、アルフレード…?」
「俺にはよく見せて欲しいって言っただろう?アンジュのドレス姿よく見たい。これも幸せのひとつだな」
夜会の後、散々踊り食べ楽しみ、騒ぎの影響もあり疲れて借家に戻った。その後は大して楽しまずに着替えてしまった。あの日の約束も叶えて欲しい。
約束と幸せを盾にする、実にずる賢いやり方だ。少しずつ婚約者の強固な壁を打ち破るか学んでいる彼は、確実に狙いを定めて堕としにかかる。
「それはずるい」
アンジュも歯を噛み締め唸り声を上げる。
「だめか?」
首を傾けてみせる。アルフレードは押しに押していく。もたつくアンジュ。恥ずかしがり屋な彼女は断るかと思った、が。今晩は違うようだ。
「…ある?」
「ん?」
あまりにも小声であったため聞き直せば、彼女はしっかりと、そしてカタコトでもう1度伝える。
「せーふらいん、あるなら」
「もちろんだ」
ふとアルフレードの顔が近づき、アンジュは思わず瞼を固く閉じる。
「無理強いはしない。大切な人を傷つけたくないから」
耳元で甘さの漂う声音で囁かれ、アンジュの顔の赤みは最高潮に。全身から湯気が立ち、その熱でふわりとした髪質の白髪がうねる。
アルフレードは動かなくなった彼女を抱きしめると、荷物も抱え上げて階段を上がっていく。赤面するアンジュを抱えるアルフレード。もうこのやりとりは、2人の定番になりつつある。何を見せられているのか、などと考えてはいけない。
2人のイチャイチャこそ、世界の平和と言っても過言ではないのだから。彼の周りに音符が舞っている。目の錯覚に違いないが、浮かれ絶好調。やりたいことが次々と思い浮かぶ。
「そうだ。メイクもやっていいか?」
「できるの?」
「勉強した。義姉さんと母さんにもみっちり教えともらったし。あ、髪型もいじりたい」
「わぁ…」
改めて、アルフレードの器用さにアンジュは驚愕の声しか出なかった。
今日は長くなりそうだ。
2人の仲の良さを祝福するように、はたまた呆れているのかも知れないが。路地を通り抜ける風には間違いなく、春の暖かみが含まれていた。