シンデレラ・スキャンダル
 動揺をどうにか隠しながら、もう一度お礼の言葉を伝えて頭を下げると、再び彼が微笑む。帽子から覗く黒目がちな瞳は更に白いところがなくなって、まるで子供のようにあどけない。帽子の影があるはずなのに、周りにある光を取り込んで反射する。そして、その瞳がこちらの手元に向けられた。

「それ……」

「え?」

 彼が自分の鞄から一冊の本を取り出す。

「同じ。一作目が面白くて」

 二部作のシリーズ本。わたしの手には一作目、彼の手には最新作があった。でも、これは涙を流してしまうような恋愛小説のはず。タトゥーにピアスに恋愛小説。全くイコールで繋がらない。

 話している間にも、通路は人が行き交っている。それに気付いた彼が、「取り敢えず座ろうか」と笑う。

「席、ここですか?」

 後ろの席を指さすので、首を横に振りチケットを見せれば、彼からは小さな笑い声が零れ落ちる。

「これは向こうの席だよ。俺の隣」

「え?」

「どうぞ」

 なんだかよくわからないけれど、わたしの座席は向こう側らしいから促されるままに奥に進んだ。

 クスクス笑う彼は、わたしが移動したのを確認してからシートに腰を下ろす。そして、無造作に帽子をとり、マスクに手をかけて下にずらした。現れたのは、ある意味期待を裏切らないサイドを刈りあげた金色の髪と茶色の髭。呆気にとられていると、こちらに顔を向けた彼と目が合った。

「仕事ですか?」

 その風貌とは裏腹な、穏やかに響く声に、頭はさらに戸惑いを深めていく。

「あ、いえ……」

「……座らないの?」

 きょとんとした不思議そうな顔に小さく頷きを返して浅く腰かけた。

「……あの、仕事ではないです。友人が急に来られなくなって」

「ああ、じゃあ、この席、その友達の分かな。俺、キャンセル待ちだったから」

「あ、そうなんですか」

「うん。ハワイに知り合いとかいるんですか?」

「いえ。初海外、初ひとり旅です。もう大人なのでせっかくだから行ってみようと」

「いいね、ひとり旅」

「……でも、勝手がわからなくて挙動不審になっちゃって」

「確かに、キョロキョロしてたもんね」

 拳を口元にあてて笑う目の前の人。ゆっくりとした柔らかい話し方は、おっとりしているという言葉が当てはまる。

「それ読み終わったら、こっちも読んでみる?」

「え、あ、はい。でも、読み終わるかな……」

「俺も読み終わる自信ないんだけどね」

 再び彼が笑うと、きれいな白い歯が見えた。

 視界に入るのは、威圧的な金髪と髭、そして腕に刻まれた黒いタトゥー。普通なら、目を合わせるのすら避ける相手だ。なのに、彼が笑うと、その威圧感は嘘みたいに霧散する。無防備な笑顔と、子供みたいに澄んだ黒い瞳。

(……調子が狂う)

 警戒心で強張っていたはずの肩の力が、彼の穏やかな声を聞くたびに、勝手に抜けていくのが分かる。
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