シンデレラ・スキャンダル

19話 二人の歌



どうやら、夜明けまでまだ時間があるようだ。目を覚ましたわたしは窓に視線を向け、カーテンの隙間が明るくなっていないか確かめる。

視線を手前に戻すと、わたしを後ろから包み込む龍介さんの腕があった。反転して彼と向かいあうと、彼の香りが強くなり、胸の奥が満たされていく。

月明かりに浮かぶ、両胸から腕にかけて広がる大きなタトゥー。それは、彼が何万人もの熱狂を背負う「RYU」であることの証。あんなに近くで抱き合っていたはずなのに、真実を知った途端、彼が神聖な生き物のように見えて、指先がすくむ。

触れたい。でも、触れてはいけない気がする。わたしは伸ばしかけた手を、弱々しく握りしめて引っ込めた。

彼の腕から逃れるようにゆっくりとベッドから離れ、椅子の背に掛けていた青いワンピースを纏うと、脇に置いていたノートとペンを手にしてテラスに出る。わたしの心とは裏腹に、風も波の音も心地良くわたしを包み込んでくれる。

テーブルの上にあるキャンドルを灯し、ノートを開いてみると、龍介さんが作った曲を聞いた日の二人の言葉がいくつも書きとめられていた。思い出を辿るように、一つ一つを確かめながらノートを捲り、最後に新しいページを開いた。


胸のざわめきが止まらない。幸せなのに、苦しい。満たされているのに、怖い。この感情は、ハワイの風みたいに掴みどころがなくて、放っておけばすぐに消えてしまいそうだった。

(——残したい)

彼がくれたこの温もりを、わたしが感じたこの光を、何かの形にしておかなければ。突き動かされるように、ペンを握りしめた。


龍介さんは、龍介さんとの日々は、あまりにもキラキラしているから、どこか切なくて寂しい。手を伸ばして掴みとってしまいたいけれど、触れることさえ躊躇われる。

自分の気持ちに必死になって理由をつけて、言い訳をしてみるけれど、結局はただ恋に落ちて、どうしようもなく惹かれてしまうだけ。傍にいて触れ合えたら。見つめ合って、想い合えたら。同じ景色を、同じ未来を、見ることができたなら。

龍介さんが作ってくれたメロディーを思い出して、目を閉じてみる。音楽は、まるで龍介さんそのもの。時に励まし、時に寄り添い、そして包み込み、光のある場所を教えてくれる。幸せがそこにあるのだと。

龍介さんと過ごした日々を思い返せば、全てが眩しいほどに輝いて尊い。せめて、龍介さんが大切にしている歌の中では真っ直ぐに想いを伝えたい。わたしを見つめてくれるその瞳を、わたしを抱き締めてくれるその腕を、温もりを与えてくれるその胸を。

書きとめようとわたしはペンを走らせた。
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