シンデレラ・スキャンダル
1話 偽りの王子様
◇◇◇
退職日を迎えた、一人きりの秘書室。 ふと瞼をおろした瞬間、携帯電話が震えて大きな音を立てるから、わたしの体もびくっと反応する。ぼんやりとしたまま画面を見れば、そこには見慣れた名前と『出張』から始まるメッセージ。いつものパターンだ。その後に続く文章を予想できてしまうのだから、8年の付き合いも伊達ではない。
無意識に漏れた息が、やけに大きく静まり返ったオフィスに響いた。マグカップに手を伸ばし、ぬるくなったルイボスティーを一口含む。味なんてしない。ただ、喉を通り過ぎる液体の温度だけが、わたしがまだ起きていることを教えてくれる。
画面の『出張』の二文字を見つめる。驚きも、落胆もない。ただ、「やっぱりね」という乾いた事実が、胸の奥にストンと落ちるだけ。 期待なんて、とっくの昔に捨てたはずなのに。
わたしの退職祝いであるはずのハワイ旅行。明日出発だというのに、行けなくなったとでも言うのだろう。卓也と旅行の約束をして行けなかったことなんて、数え切れない。海外旅行なんて一度も実現したことがない。
椅子に寄りかかり天井を見上げる。クラプトン電球と呼ばれる小さな電球が、部屋を一生懸命に照らしている。視線をそらさずに見つめれば、その光が瞼に焼き付く。手で顔を覆ったのはもう無意識だった。そして、ゆっくりと一つ息を吐いた。
携帯電話に視線を戻して、メッセージを表示させると、予想どおりの言葉がそこにあった。
『出張で戻れない。香港にいる。新しいプロジェクトを任されたんだ。もうずっと寝てない』
卓也の仕事の都合で流れていくのは日常茶飯事。でも、それが全て本当だと思っているわけではない。仕事で行けないと話す電話の向こうから、女性の声が聞こえてくるなんてこともしょっちゅうある。それでも、わたしは何も知らないふりをして、聞こえないふりをして、「お仕事頑張ってね」「また今度行こうね」なんていう優し気な言葉だけを返す。問い詰めたところで、笑われるだけだから。期待しても、訴えても全て無駄。
だから、いつもどおり文字を打ち始めたけれど、指が止まった。
退職日を迎えた、一人きりの秘書室。 ふと瞼をおろした瞬間、携帯電話が震えて大きな音を立てるから、わたしの体もびくっと反応する。ぼんやりとしたまま画面を見れば、そこには見慣れた名前と『出張』から始まるメッセージ。いつものパターンだ。その後に続く文章を予想できてしまうのだから、8年の付き合いも伊達ではない。
無意識に漏れた息が、やけに大きく静まり返ったオフィスに響いた。マグカップに手を伸ばし、ぬるくなったルイボスティーを一口含む。味なんてしない。ただ、喉を通り過ぎる液体の温度だけが、わたしがまだ起きていることを教えてくれる。
画面の『出張』の二文字を見つめる。驚きも、落胆もない。ただ、「やっぱりね」という乾いた事実が、胸の奥にストンと落ちるだけ。 期待なんて、とっくの昔に捨てたはずなのに。
わたしの退職祝いであるはずのハワイ旅行。明日出発だというのに、行けなくなったとでも言うのだろう。卓也と旅行の約束をして行けなかったことなんて、数え切れない。海外旅行なんて一度も実現したことがない。
椅子に寄りかかり天井を見上げる。クラプトン電球と呼ばれる小さな電球が、部屋を一生懸命に照らしている。視線をそらさずに見つめれば、その光が瞼に焼き付く。手で顔を覆ったのはもう無意識だった。そして、ゆっくりと一つ息を吐いた。
携帯電話に視線を戻して、メッセージを表示させると、予想どおりの言葉がそこにあった。
『出張で戻れない。香港にいる。新しいプロジェクトを任されたんだ。もうずっと寝てない』
卓也の仕事の都合で流れていくのは日常茶飯事。でも、それが全て本当だと思っているわけではない。仕事で行けないと話す電話の向こうから、女性の声が聞こえてくるなんてこともしょっちゅうある。それでも、わたしは何も知らないふりをして、聞こえないふりをして、「お仕事頑張ってね」「また今度行こうね」なんていう優し気な言葉だけを返す。問い詰めたところで、笑われるだけだから。期待しても、訴えても全て無駄。
だから、いつもどおり文字を打ち始めたけれど、指が止まった。