シンデレラ・スキャンダル
◇◇◇
卓也と出会ったのは、八年前。まだ企業受付をしていた頃。いわゆるVIP待遇で、その日、VIP対応当番だったわたしは車寄せまで出迎えに行き、役員と呼ばれるにはまだ若い、紺色のスーツを着た黒い髪に白い肌の男性と出会った。
自分よりも年上であろう男性が開けるドアから降り立つ、男性。スーツも髪も全てが整えられていて、秘書室から送られてきた写真よりずっと隙がない感じがした。
(気を引き締めて行かなきゃ)
叩き込まれた笑顔を顔面に貼り付ける。
「田辺様、お待ちしておりました。受付の松嶋です」
「こんにちは」
「本日は二十五階の会議室でございます。わたくしがご案内いたします」
「ありがとう」
エレベーターに乗り込み、役員会議室がある二十五階のボタンを押すと、その箱はゆっくりと上昇し始める。静まる箱の中で、少しの緊張感が漂う。こんな時は早く時間が過ぎますようにと、ただ祈るだけ。
十七階、十八階……あと少し。そう思った瞬間。
『ぐううっ』
上昇する機械音に負けない、大きな音が響き渡った。ゆっくり振り返ると、その音の張本人と目が合って、わたしたちは同時に笑い声をあげてしまった。
「……あー恥ずかしいな。ついさっき成田に着いて、そのまま来たんです。昨日からご飯食べてないんですよね」
「ふふ。それはお腹すきますね」
恥ずかしそうに俯きながら笑うその人は、何度か頬を指で掻くと、顔を上げた。
「……あの、受付のお仕事って何時までですか?」
「……六時、ですけど」
「じゃあ、お仕事が終わったら食事に行きませんか? お腹が鳴っちゃった、格好悪い男とのディナーが嫌じゃなければ」
そして、その後。三回目のデートのときに卓也が自分の生い立ちを教えてくれた。自分が代議士の息子であること、そして認知はされているけれど、正式な家族ではないことを。
「それでも良ければ、付き合ってほしい」
どこか寂しげな卓也に、頷いて答える。
家も、生活も保障されたけれど、学校は全て公立の最高峰に進むことを条件とされたらしい。血の繋がらない姉や弟、本当の家の子とは違う自分が苦しかった時期もあるけれど、大人になった今はなんてことないと卓也は言う。
付き合い始めて一年半が経った頃、卓也が一緒に住もうと言い出した。世田谷にいい物件が売り出されたからと二百坪の土地を購入し、家を建て始めると言う卓也は、パソコンを開くと、得意げに家の図面をわたしに見せる。
「世田谷の奥沢の方なんだけどさ。いい土地なんだ」
「もう買ったの?」
「うん。もう家も建てるんだ」
「一回見に行きたいな」
卓也はにっこりと笑いながらわたしの頭を撫でた。
「家はさ、完成したときに見に行こうよ。驚かせたいんだ。楽しみにしててよ」
「一緒に住むのに?」
「絶対いい家にするよ。綾乃は喘息気味だろ? だから壁とか材質とかこだわったんだ」
卓也は上手い。わたしの話なんて聞いていないという感じなのに、わたしのことを気に掛けてるよと伝えてくる。そう言われてしまうと、もう何も言えなくて、「ありがとう」とだけ口にした。
卓也と出会ったのは、八年前。まだ企業受付をしていた頃。いわゆるVIP待遇で、その日、VIP対応当番だったわたしは車寄せまで出迎えに行き、役員と呼ばれるにはまだ若い、紺色のスーツを着た黒い髪に白い肌の男性と出会った。
自分よりも年上であろう男性が開けるドアから降り立つ、男性。スーツも髪も全てが整えられていて、秘書室から送られてきた写真よりずっと隙がない感じがした。
(気を引き締めて行かなきゃ)
叩き込まれた笑顔を顔面に貼り付ける。
「田辺様、お待ちしておりました。受付の松嶋です」
「こんにちは」
「本日は二十五階の会議室でございます。わたくしがご案内いたします」
「ありがとう」
エレベーターに乗り込み、役員会議室がある二十五階のボタンを押すと、その箱はゆっくりと上昇し始める。静まる箱の中で、少しの緊張感が漂う。こんな時は早く時間が過ぎますようにと、ただ祈るだけ。
十七階、十八階……あと少し。そう思った瞬間。
『ぐううっ』
上昇する機械音に負けない、大きな音が響き渡った。ゆっくり振り返ると、その音の張本人と目が合って、わたしたちは同時に笑い声をあげてしまった。
「……あー恥ずかしいな。ついさっき成田に着いて、そのまま来たんです。昨日からご飯食べてないんですよね」
「ふふ。それはお腹すきますね」
恥ずかしそうに俯きながら笑うその人は、何度か頬を指で掻くと、顔を上げた。
「……あの、受付のお仕事って何時までですか?」
「……六時、ですけど」
「じゃあ、お仕事が終わったら食事に行きませんか? お腹が鳴っちゃった、格好悪い男とのディナーが嫌じゃなければ」
そして、その後。三回目のデートのときに卓也が自分の生い立ちを教えてくれた。自分が代議士の息子であること、そして認知はされているけれど、正式な家族ではないことを。
「それでも良ければ、付き合ってほしい」
どこか寂しげな卓也に、頷いて答える。
家も、生活も保障されたけれど、学校は全て公立の最高峰に進むことを条件とされたらしい。血の繋がらない姉や弟、本当の家の子とは違う自分が苦しかった時期もあるけれど、大人になった今はなんてことないと卓也は言う。
付き合い始めて一年半が経った頃、卓也が一緒に住もうと言い出した。世田谷にいい物件が売り出されたからと二百坪の土地を購入し、家を建て始めると言う卓也は、パソコンを開くと、得意げに家の図面をわたしに見せる。
「世田谷の奥沢の方なんだけどさ。いい土地なんだ」
「もう買ったの?」
「うん。もう家も建てるんだ」
「一回見に行きたいな」
卓也はにっこりと笑いながらわたしの頭を撫でた。
「家はさ、完成したときに見に行こうよ。驚かせたいんだ。楽しみにしててよ」
「一緒に住むのに?」
「絶対いい家にするよ。綾乃は喘息気味だろ? だから壁とか材質とかこだわったんだ」
卓也は上手い。わたしの話なんて聞いていないという感じなのに、わたしのことを気に掛けてるよと伝えてくる。そう言われてしまうと、もう何も言えなくて、「ありがとう」とだけ口にした。