シンデレラ・スキャンダル
「……ん。俺、寝てた?」

「はい」

「そっか……なんの香りだろう。綾乃ちゃんすげぇいい匂いがする」

湯上がりの肌に、彼の言葉が突き刺さる。

「そう、ですか……シャンプーかな」

ありきたりな言葉しか溢れない唇を、少しだけ恨めしく思う。でも、彼はそれを聞いて本当に優しく、静かに笑った。

「なんか、ちょっと幸せ」

そう呟いて、再び目を閉じてしまう。また眠ってしまうのかと、その顔を見つめているとブランケットの脇から彼の手がこちらに伸びてきた。伸ばされた左手に右手を重ねれば、優しく包まれてわたしの膝の上に落ちる。

この手の意味はなんですかなんて聞けないから、代わりに「酔ってます?」と聞いてみる。

「うん」

「お風呂は?」

「……入る」

「ふふ。眠そう」

静かな夜。微かに波の音が聞こえる。風が抜けていく。昨日と違うのは、目の前で眠る彼の姿と、遠慮がちに繋がれた二人の手。

「ああ、本当に寝そう」

彼はそう呟くと、ゆっくりと上半身を起こして頭を振る。

「……っ」

そのままこちらに向けられた瞳。その近さに、わたしの唇から微かな息が掠れるように漏れでた。

繋がれた手に、ぐ、と力が込められる。力を込めたのは、わたしか龍介さんか。それさえもわからない程に、龍介さんの瞳が近い。黒目がちな瞳にオレンジの光が揺れる。

波の音。風の音。そして心臓の音。

このまま見つめ合えば、そして瞳を閉じてしまえば、きっとその温もりが、触れてしまう。
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