シンデレラ・スキャンダル
「すみません。海の音が心地よくて」

「……そっか」

そう言って、龍介さんはわたしの隣に腰を下ろす。

「……泣いてる気がしたんだけど、俺の気のせい?」

「気のせいです、と言いたいところですけど、誤魔化せないくらい鼻声ですね」

自分の声に笑ってしまう。

「聞いても大丈夫?」

いつもなら、他の人なら、わたしは笑顔で話し出しているところだ。こんな人生だけど、別になんてことはない。結構色々あったんですと笑い話にしてしまえばいい。

でも、こちらに向けられた彼の瞳に視線を合わせれば、その真っ直ぐな眼差しにとらえられて、取り繕うための言葉は喉の奥で詰まって声にならない。息を吸って、大きく吐いて。そして龍介さんの顔を見て、大きく一度頷いた。

「龍介さんが歌ってくれた曲、兄がわたしに教えてくれた曲だったんです。わたしも兄もブラックアンドが大好きで」

「そうなの? 俺もすごい好きだった」

「龍介さんの歌で、兄のことを思い出しました」

「……お兄さん、どうかしたの?」

鼻の奥が苦しくなる。喉が熱くなる。それを落ち着かせるように、ゆっくりと息を吸い込んだ。

「……失踪、したんです。もう十五年以上前ですね。わたしが高校一年生のときです」

「……そっか」

「お兄ちゃんのことは、もう大丈夫だと思っていたんですけど」

自分の中の想いが龍介さんの前では溢れ出す。

「……わたし、ずっと待ってたんです」

彼の真っ直ぐな瞳から、視線を落とす。

「お兄ちゃんが……いなくなった日も、その次の日も。ずっと、検見川(けみがわ)の浜で……」

言葉が、途切れる。

「……『やっぱりここにいた』って。『ほら帰ろう』って。いつも迎えに来てくれるから。今回もまた迎えに来てくれるんじゃないかって……でも、来なかった……っ」

「……うん」

「何年経っても……わたしだけ、ずっと、あの日から……」

もう、声にならなかった。

「いつか……いつか帰ってきてくれるって思っていたんです。ずっと」

母が亡くなり、兄がいなくなり、父もこの世を去っていった。そのとき初めて孤独という言葉の意味を知った。独りで生きて、歩いていく。一人は嫌いじゃないけれど、一人でいることと独りになってしまうことは違った。
< 73 / 146 >

この作品をシェア

pagetop