シンデレラ・スキャンダル
気が付けば、わたしの瞳からは涙が零れ落ちていた。お兄ちゃんが教えてくれた、ブラックアンドの歌が響いている。次から次へと溢れて、視界をぼやけさせる液体はとめどなく頬を伝っていく。

お兄ちゃんのことを誰かに話すときは、いつだって普通のことのように話してきた。「出て行っちゃたんだよね」と。「戻ってこないんだよね」と。

お父さんやお母さんの死だってそう。「大丈夫。わたしは平気。人は死ぬものだから」そう、普通のことのように話せば、笑って話していれば、なんてことはない。その感情がいつか本物になる。

わたしは、強い。わたしは、誰かがいなくても……ううん、誰もいなくても、生きていける。生きていけるはず。そう思っていたのに。そうして追いやったはずなのに——。



わたしは音を立てないように、その場から離れて外に出る。木々が並ぶ庭を通り過ぎ、砂浜を踏みしめて歩いていく。空を見上げれば、月と星たちが力強く光り輝いていた。

光が滲んで更に煌めく。

砂浜に腰を下ろし、再び空を見上げた。そこには数え切れない程の星が存在し、一つ一つが強い輝きを放つ。東京では見られない星の瞬き。そして耳に届くのは、波と風の音だけ。目を閉じれば、残っていた涙が頬を伝っていく。

すると、遠くの方から砂を踏みしめる音が聞こえた。そちらに視線を向けると、黒いシルエットがこちらに向かってきている姿が見えた。顔が見えなくても、誰かわかる。

やっぱり、優しすぎるんだと思う。放っておけばいいのに、知らないふりしていればいいのに、こうして来てくれる。

ほら——近くまで来たら、龍介さんの顔が見えた。

「何してるの? 夜は一人で出ると危ないよ」

その顔は、いつもの穏やかな彼とは違っていた。 眉間に深く皺が寄り、唇が固く結ばれている。まるで、彼自身が何か痛みをこらえているような……そんな表情(かお)に見えた。
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