仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」
Scene9 優香の部屋
小さなワンルーム。
カーテン越しに夜の街の明かりが差し込み、卓上ランプの灯が壁をやわらかく照らしていた。
湿り気を帯びた夏の空気の中、窓からの風がカーテンを静かに揺らしている。
ソファに腰を下ろした蓮は、明るいブラウンの髪を伏せたまま黙り込んでいた。
あのスタジオから連れ出して以来、一言も発していない。
その肩の線が、いつもより小さく見えた。
優香はキッチンで、手際よく料理を仕上げる。
湯気の立つ味噌汁と、炊きたての白いご飯。
だしの香りが部屋いっぱいにやわらかく広がり、静けさの中にぬくもりを滲ませる。
(……何も言わなくていい。ただ、ここで息をつける場所をつくりたい)
優香はそっとお盆をテーブルに置き、穏やかに微笑んだ。
「しゃべらなくていいよ。……ごはん、一緒に食べよう?」
蓮は一度だけ彼女を見て、ゆっくりと箸を取る。
ご飯をひと口すくって、噛む。
そして、ぽつりと小さな声が落ちた。
「……なんで、そんなに優しくするの?」
優香は少し俯いて、肩をすくめるように笑った。
「私にできることなんて、これくらいしかないから……」
(本当は、何を言ったらいいかわからない。ただ――放っておけないだけ)
蓮は箸を止め、小さくうなずいた。
「……ありがとな」
優香はお湯を沸かし、テーブルに冷たいアイスティーを置く。
「飲んで。甘いの、好きだったよね?」
蓮は少し戸惑いながら、グラスを手に取った。
「……覚えてないのに、そういうこと言うの、ずるいな」
優香はくすっと笑う。
「ごめん。でも、そう思っただけ」
静かな時間が流れる。
やがて、蓮が小さく息を吐いた。
「……今日、俺……ほんとは逃げたかったんだ」
優香は彼を見つめ、そっと言葉を選んだ。
「……逃げてもいいよ」
蓮はかすかに首を振り、視線を落とす。
「でも、逃げたら……どこにも戻れない気がして……それが、怖かった」
(……三島さんの言葉が、まだ胸に刺さってるんだ)
優香はテーブルの上に両手を置き、まっすぐに蓮を見つめた。
「……大丈夫。戻れなくてもいいんだよ」
一拍の間をおいて、やさしく続ける。
「私がここにいる。それだけは、変わらないから」
蓮の肩がわずかに震える。
ゆっくりと顔を上げたその瞳に、恐れと――ほんの少しの希望が宿っていた。
(……俺なんかに、こんな言葉を……)
(バカだな。でも……あったかいな)
優香は、そっと微笑んだ。
夜風がカーテンをやさしく揺らすなか、ふたりの間にやわらかな空気が静かに広がっていく。
外では、街の灯りが遠くに瞬いていた――まるで、ふたりの静かな約束を見守るように。
カーテン越しに夜の街の明かりが差し込み、卓上ランプの灯が壁をやわらかく照らしていた。
湿り気を帯びた夏の空気の中、窓からの風がカーテンを静かに揺らしている。
ソファに腰を下ろした蓮は、明るいブラウンの髪を伏せたまま黙り込んでいた。
あのスタジオから連れ出して以来、一言も発していない。
その肩の線が、いつもより小さく見えた。
優香はキッチンで、手際よく料理を仕上げる。
湯気の立つ味噌汁と、炊きたての白いご飯。
だしの香りが部屋いっぱいにやわらかく広がり、静けさの中にぬくもりを滲ませる。
(……何も言わなくていい。ただ、ここで息をつける場所をつくりたい)
優香はそっとお盆をテーブルに置き、穏やかに微笑んだ。
「しゃべらなくていいよ。……ごはん、一緒に食べよう?」
蓮は一度だけ彼女を見て、ゆっくりと箸を取る。
ご飯をひと口すくって、噛む。
そして、ぽつりと小さな声が落ちた。
「……なんで、そんなに優しくするの?」
優香は少し俯いて、肩をすくめるように笑った。
「私にできることなんて、これくらいしかないから……」
(本当は、何を言ったらいいかわからない。ただ――放っておけないだけ)
蓮は箸を止め、小さくうなずいた。
「……ありがとな」
優香はお湯を沸かし、テーブルに冷たいアイスティーを置く。
「飲んで。甘いの、好きだったよね?」
蓮は少し戸惑いながら、グラスを手に取った。
「……覚えてないのに、そういうこと言うの、ずるいな」
優香はくすっと笑う。
「ごめん。でも、そう思っただけ」
静かな時間が流れる。
やがて、蓮が小さく息を吐いた。
「……今日、俺……ほんとは逃げたかったんだ」
優香は彼を見つめ、そっと言葉を選んだ。
「……逃げてもいいよ」
蓮はかすかに首を振り、視線を落とす。
「でも、逃げたら……どこにも戻れない気がして……それが、怖かった」
(……三島さんの言葉が、まだ胸に刺さってるんだ)
優香はテーブルの上に両手を置き、まっすぐに蓮を見つめた。
「……大丈夫。戻れなくてもいいんだよ」
一拍の間をおいて、やさしく続ける。
「私がここにいる。それだけは、変わらないから」
蓮の肩がわずかに震える。
ゆっくりと顔を上げたその瞳に、恐れと――ほんの少しの希望が宿っていた。
(……俺なんかに、こんな言葉を……)
(バカだな。でも……あったかいな)
優香は、そっと微笑んだ。
夜風がカーテンをやさしく揺らすなか、ふたりの間にやわらかな空気が静かに広がっていく。
外では、街の灯りが遠くに瞬いていた――まるで、ふたりの静かな約束を見守るように。