仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

Scene16 璃子のさらなる挑発

リハーサルを終えた控室。
スタッフたちが荷物を抱えて次々と出ていく。
ドアが閉まり、蛍光灯の唸りと空調の低い音だけが残った。
モニターの隅では、先ほどのリハ映像が無音で流れ続けている。

蓮は椅子に腰を下ろし、台本を見つめていた。
ページをめくる指先がかすかに震えていることに、自分でも気づいていない。

「……お疲れさま」

静かな声が背後から落ちてきた。
振り返ると、ドアを閉めて立つ璃子がいた。
その視線はまっすぐ、蓮に向けられている。

「……どうも」

蓮はすぐに目を逸らし、台本へ視線を戻す。
(頼む……もう、来るなよ……)

ヒールの音が近づく。
やわらかく微笑んだ璃子が、蓮を見下ろすように立つ。

「さすがね。立ち居振る舞いが完璧。……“宅麻大地”そのものだったわ」
その口調は穏やかでも、言葉の奥には刺すようなものがあった。

蓮の指が、台本の端でぴくりと動く。
「……褒めてくれて、ありがとうございます」

「でも――」
璃子はテーブルの端に腰を下ろし、彼の視線を真正面からとらえた。

「本気で“宅麻大地”になりきれてるって、思ってるの?」

蓮の呼吸が、ほんの少し止まる。

「あなた、目が泳いでるわ。誰かに“見ててほしい”って……
 まだ思ってるんでしょう? 昔と同じ。
 そうやって、自分一人じゃ立てない人。」

「……っ」

「ねえ、忘れたつもりでいるんでしょ?
 でも私は知ってる。あなた、何も変わってないの。
 あの夜、私にすがったときと同じ顔してる。」

璃子の瞳がわずかに濡れている。
しかしその視線は、決して揺れない。

「『頑張るから見ててくれ』って――あれ、全部嘘だったの?」

「……俺は、宅麻大地です」
蓮は台本を強く握り、顔を上げた。
「それ以上でも、それ以下でもない……!」

「ふふ……」
璃子は静かに笑う。
「じゃあ、なぜそんなに怯えてるの?」

「っ……」

「ねえ、そろそろ認めたら?」
彼女の声は一段と低くなる。
「“黒瀬蓮”を忘れたんじゃなくて――
 あなたは、あの頃の自分をまだ手放せないの。
 誰かに認めてほしい、受け入れてほしいって……
 ずっと、誰かにすがりついて生きてるのよ」

その言葉は鋭利な刃のように、蓮の胸の奥を刺した。
(やめろ……!)

「優しい人がそばにいるのね」
璃子はふと目を伏せて呟いた。
「マネージャーさん……彼女、あなたを見てる目が、あの頃の私にそっくりだった」

「……!」

「大事にしなさい」
一歩、蓮に近づく。香水のかすかな香りが、記憶を呼び起こす。
「でも――忘れないで」
璃子はそのまま囁くように続けた。

「あなたの弱さを、涙を、欲しがり方を――
 この世で一番知ってるのは、私よ」

蓮の胸が激しく上下する。
(やめてくれ……今の俺は……優香のそばにいるんだ……)

璃子はその視線を静かに受け止め、ふっと微笑んだ。

「……忘れようとしない限り、あなたは“蓮”を演じ続けるのよ」

そう言い残し、璃子は踵を返す。
ヒールの音が、静かな部屋に乾いたリズムを刻む。

蓮は立ち上がれず、その背中を見送るしかなかった。
握った台本の角が白い指に食い込み、ようやく痛みを感じる。

(俺は……今、どっちなんだ……?)
(蓮なのか……大地なのか……)

ドアが静かに閉まり、控室はまた静寂に沈んだ。



 
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