仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」
Scene17 危うい距離
控室の空気は、ひどく静かだった。
遠くでモニターがリハ映像を流している音が、まるで別の世界のもののようにかすんでいる。
「……私たち、恋人だったのよ」
璃子の声が静かに落ちた。
低くて、でもまっすぐに胸を貫く。
蓮はピクリと反応し、声のほうを振り返った。
照明に浮かび上がる璃子の姿。
その瞳には、憎しみでも懐かしさでもなく、ただ揺れる感情の色があった。
「覚えてないの……? あの夜、あなた……」
璃子の指先が、そっと蓮の頬に触れた。
その触れ方が、やけに優しくて――怖い。
「泣きそうになって、私の胸に顔を埋めて……」
――その瞬間、頭の奥で何かが弾けた。
視界が揺らぎ、音が遠のく。
冷たい照明が、次第に柔らかな街灯の光へと溶けていった。
夜の公園。ベンチに並ぶふたり。
街灯の光が、どこか寂しく滲んでいる。
「……俺、もう無理かも……」
「何言ってんの。あなたは大丈夫。私がいるから」
「……璃子……俺、甘えていい……?」
「ふふ、ほら……こっち来て」
彼女の手が髪を撫でた。
そのまま胸に顔を埋めると、あたたかい匂いがした。
張りつめていた心が、そこで静かにほどけていく。
――あの夜の匂い。
あのぬくもり。
胸の奥で何かが崩れ落ちる。
同じ温度が、今、頬にあった。
まぶたを開くと、目の前には今の璃子がいた。
触れている指の感触が、過去と現在を曖昧にしていく。
「その目……昔と同じ。甘え方も、逃げ方も、何ひとつ変わってない」
「……やめろ……俺は……」
喉が焼けるようで、言葉が続かない。
「あなたは……蓮でしょ?」
璃子の声が、震えていた。
そのまま頬に手を添え、顔をゆっくり近づけてくる。
唇が数センチの距離まで迫り、吐息が肌を撫でた。
(……やめろ……やめなきゃ……でも……)
蓮の手が、無意識に璃子の肩に触れかける。
触れたら終わる――そう思っても、身体が動かなかった。
呼吸の音だけが響き、世界が静止する。
(こんな……このままじゃ……俺……)
璃子の唇が触れそうになった、その瞬間――
「……やめろっ!!」
蓮は椅子を引き、乱暴に後ろへ飛び退いた。
掠れた声が控室に響き、空気が一瞬で凍る。
璃子は驚いたように目を見開いた。
けれど次の瞬間、ふっと笑う。
その瞳には怒りと哀しみが混じり合い、深い影を落としていた。
「……また逃げるのね」
彼女の声は、ひどく静かだった。
「でもいいわ。私は、待ってるから」
そう言い残して、璃子はゆっくりとドアへ向かった。
ヒールの音が、控室の床に乾いたリズムを刻む。
蓮は立ち尽くしたまま、追いかけることも、声をかけることもできなかった。
拳を握る。指先が白くなるほどに。
(……くそ……なんで、こんなに……
頭から離れないんだよ……
なんで……心が……まだあの温もりを覚えてるんだ……)
ドアが閉まる音が、控室に虚しく響いた。
蓮は目を閉じ、静かに、けれど苦しげに息を吐いた。
遠くでモニターがリハ映像を流している音が、まるで別の世界のもののようにかすんでいる。
「……私たち、恋人だったのよ」
璃子の声が静かに落ちた。
低くて、でもまっすぐに胸を貫く。
蓮はピクリと反応し、声のほうを振り返った。
照明に浮かび上がる璃子の姿。
その瞳には、憎しみでも懐かしさでもなく、ただ揺れる感情の色があった。
「覚えてないの……? あの夜、あなた……」
璃子の指先が、そっと蓮の頬に触れた。
その触れ方が、やけに優しくて――怖い。
「泣きそうになって、私の胸に顔を埋めて……」
――その瞬間、頭の奥で何かが弾けた。
視界が揺らぎ、音が遠のく。
冷たい照明が、次第に柔らかな街灯の光へと溶けていった。
夜の公園。ベンチに並ぶふたり。
街灯の光が、どこか寂しく滲んでいる。
「……俺、もう無理かも……」
「何言ってんの。あなたは大丈夫。私がいるから」
「……璃子……俺、甘えていい……?」
「ふふ、ほら……こっち来て」
彼女の手が髪を撫でた。
そのまま胸に顔を埋めると、あたたかい匂いがした。
張りつめていた心が、そこで静かにほどけていく。
――あの夜の匂い。
あのぬくもり。
胸の奥で何かが崩れ落ちる。
同じ温度が、今、頬にあった。
まぶたを開くと、目の前には今の璃子がいた。
触れている指の感触が、過去と現在を曖昧にしていく。
「その目……昔と同じ。甘え方も、逃げ方も、何ひとつ変わってない」
「……やめろ……俺は……」
喉が焼けるようで、言葉が続かない。
「あなたは……蓮でしょ?」
璃子の声が、震えていた。
そのまま頬に手を添え、顔をゆっくり近づけてくる。
唇が数センチの距離まで迫り、吐息が肌を撫でた。
(……やめろ……やめなきゃ……でも……)
蓮の手が、無意識に璃子の肩に触れかける。
触れたら終わる――そう思っても、身体が動かなかった。
呼吸の音だけが響き、世界が静止する。
(こんな……このままじゃ……俺……)
璃子の唇が触れそうになった、その瞬間――
「……やめろっ!!」
蓮は椅子を引き、乱暴に後ろへ飛び退いた。
掠れた声が控室に響き、空気が一瞬で凍る。
璃子は驚いたように目を見開いた。
けれど次の瞬間、ふっと笑う。
その瞳には怒りと哀しみが混じり合い、深い影を落としていた。
「……また逃げるのね」
彼女の声は、ひどく静かだった。
「でもいいわ。私は、待ってるから」
そう言い残して、璃子はゆっくりとドアへ向かった。
ヒールの音が、控室の床に乾いたリズムを刻む。
蓮は立ち尽くしたまま、追いかけることも、声をかけることもできなかった。
拳を握る。指先が白くなるほどに。
(……くそ……なんで、こんなに……
頭から離れないんだよ……
なんで……心が……まだあの温もりを覚えてるんだ……)
ドアが閉まる音が、控室に虚しく響いた。
蓮は目を閉じ、静かに、けれど苦しげに息を吐いた。