仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

Scene20 三島との対峙

 蛍光灯が時折チカチカと明滅する廊下。
 収録を終えたばかりの空気はまだ温く、照明の残光が鈍く床を照らしていた。

 璃子はヒールの音を響かせながら、ゆっくりと歩く。
 控室で見た蓮――“宅麻大地”の怯えたような目が、頭から離れなかった。

(……あれが嘘のはずない。あの目を知っているのは、私だけ)

「――ずいぶん懐かしそうな顔をしてたな」

 背後に落ちた低い声に、璃子の足が止まった。
 振り返ると、廊下の陰から三島が現れる。
 腕を組み、鋭い眼差しを隠そうともしない。

「……三島さん」

 名前を呼んだ瞬間、空気が張りつめた。

「さっきの控室。何のつもりだ」

 三島は一歩、また一歩と近づく。
 その足音が、妙に大きく胸に響く。

「……共演者として挨拶しただけよ」

 璃子は薄い笑みを浮かべたまま視線を外さない。

「本当にそれだけか?」

「ええ。
 でもね――どうしてそんなに警戒するの?
 彼に触れられたくない“何か”でもあるの?」

 三島の目がわずかに細まった。

「“宅麻大地”は芸能界の希望の星だ。問題など何もない」

「そうかしら?」

 璃子は静かに一歩踏み出した。

「……あの子の目を見た瞬間、わかったのよ」

「何を?」

 璃子は息を吸い込むようにして、その名を告げた。

「――蓮よ」

 空気が、はっきりと変わった。
 三島の瞳に一瞬だけ、揺れが走る。

「そんなはずはない」

「じゃあ見せて。
 彼の過去。戸籍。家族。経歴……全部」

「……失礼なことを言うな」

 三島の声が鋭くなる。

「君はただの共演者だ。詮索する権利はない」

「“ただの共演者”を、どうしてそこまで警戒するの?」

 璃子の声が静かに低くなる。

「もし本当に蓮じゃないなら――
 どうしてそんなに焦ってるの?」

 三島の唇がピクリと動いたが、言葉は出てこない。

「蓮がいなくなったとき、ずっと探した。
 夢に見るほど……何度も後悔した」

 璃子の声が、かすかに震えた。

「だから確かめたいの。ただそれだけ。
 ……もしあなたが蓮を“消した”のなら――
 私は絶対に許さない」

 三島の表情が暗く曇る。
 数秒後、低く投げ捨てるような声が返ってきた。

「黒瀬蓮は……もうこの世界にいない。存在しない」

「言い切れるの?」

「――ああ」

 しかしその声に潜んだ、微かな“ためらい”を――璃子は確かに聞いた。

 彼女は一歩、三島ににじり寄る。

「……答えて。
 “宅麻大地”は――黒瀬蓮なの?」

 三島の表情が固まり、空気が真空のように張りつめる。

「…………」

 長い沈黙ののち、三島は視線を逸らし、吐き捨てるように言った。

「……君がそう思いたいなら、勝手にすればいい」

 そして背を向け、歩き去る。

 璃子は震える指先を押しつけるように胸元を掴み、立ち尽くした。

(やっぱり……そうよね。
 あなたはまだ、そこにいる。
 消されたなんて、思わない)

 チカチカと蛍光灯がまた瞬いた。
 璃子の影が長く伸び、廊下に沈むように消えていった。

 
 
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