仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

Scene22 帰り道へ

控室の外、廊下の影。
蛍光灯の明かりが床に白く反射し、遠くからスタッフの笑い声や荷物を運ぶ音がかすかに響いている。

蓮は壁に背を預け、わずかに開いたドアの隙間から控室を覗いた。
視線の先には、荷物を膝に抱えたまま俯く優香。
小さく肩をすぼめた後ろ姿が、どこか心細く見えた。

(……また、ひとりで悩んでる顔してる……
 俺が、あんなふうにさせてんのか……?)

指先に力が入り、手のひらをぎゅっと握りしめる。
爪が食い込む痛みが、胸の奥のざわつきを逆に浮かび上がらせた。

(璃子と話してるところ、見られた。
 俺……あいつに動揺して……
 優香がどんな気持ちで見てたか、考えもしなかった……)

「……悪いな……俺……」

掠れた声が喉から漏れる。
冷たい廊下の空気に、その言葉はじわりと溶けていった。

(優香は……味方だって言ってくれたのに。
 なのに俺は、まだ隠して、黙って……また苦しませてる……)

ほんの一瞬、迷いが瞳をよぎる。
それでも蓮は、小さく息を吸い、静かにドアに手をかけた。

――控室の中。

優香はちょうど立ち上がろうとしていた。
ドアが開く音に気づき、振り向く。

「……大地くん……」

蓮はゆっくりと一歩踏み込み、優香の目をまっすぐに見つめた。
そこには優しさと、言葉にできない影が宿っていた。

「……帰ろう。」

たったひと言。
けれどその声には、微かな弱さが滲んでいた。

優香は驚いたように瞬きして――それから、小さく頷く。

「……うん。」

ふたりのあいだに、静かな沈黙が落ちる。
蛍光灯の低い唸りだけが、空間を満たしていた。

優香は荷物を抱えたまま、蓮の横をすり抜けるようにして廊下へ出る。
その背中を、蓮はしばらく見つめていた。

(……ありがとう。
 でも、俺は……本当は――)

その先の言葉を、蓮は誰にも聞かせることはなかった。
 
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