令嬢は農地改革から始めるそうです 〜王都を飛び出したら人生が充実しすぎて困る〜

第25話 令嬢、未来を見守る椅子に座ります

未来交流館、開館から一ヶ月。

ネル・ティナ・ライルは、交代制で“いこいば”の管理と催事企画を担いながら、
同時に“村との連携”という新たな課題に向き合っていた。

「ねえ、子ども食堂やりたいって話、リリアさんに持ってったら“予算どうするの?”って言われちゃって……」
(ティナ)

「図書部屋の芋補充が想像以上に大変だ……!」
(ネル)

「“交流”って言うけど、“来ない人”をどう迎えればいいか、正直わかんないんだよな」
(ライル)

そんななか、三人はアメリアのもとを訪ねた。

「相談……というか、答えじゃなくて、“聞いてほしい”だけなんです」

アメリアは、笑って椅子を差し出した。

「なら、こちらへどうぞ。“話す”という行為自体が、もう“耕し”なのですわ。迷ったということは、“何かを本気で始めた”という証。どうぞ、“考える村人”として、心ゆくまで揺れてくださいましな」

三人は肩の力を抜いて座り、椅子のぬくもりの中で、それぞれの“いこいばの現在地”を言葉にしていくのだった。

ライル「……“みんなの居場所”って言ったけどさ。誰もが来やすいって、ほんとにできるのかな」

ネル「わたしたち、つくるのは得意だけど……続けるのって、“関係”なんだよね」

ティナ「うん。“来ない人”の声を、どう拾うのか……それが難しくて」

その悩みを抱えたまま、三人は翌日、ひとつの提案を決めた。

「村中インタビュー、やってみよう」

「“いこいば”に来ていない人にこそ、“聞いてみたい”んだ」

村の朝、広場、畝のあいだ、鍬の音が鳴る中で三人はそれぞれ尋ねた。

「“いこいば”、どう思ってますか?」

「興味はあるけど、行く理由がわからなくて」
「ちょっと敷居が高いんじゃないかな。“村政主催”っぽくて……」
「子どもたちが頑張ってるのはわかる。でも、入り口でちょっと迷って引き返した」

それは、誰も否定ではなく“ちいさな遠慮”だった。

その夜、三人は再びアメリアのもとを訪れた。

「正直、少しだけ落ち込みました……」
(ネル)

「でも、いまわたしたち、ほんの少しだけ“届かなかった声”が見えてきた気がしました」
(ティナ)

ライルが続けた。
「だから、もう一度“行く”んじゃなくて、“行きやすい場”にしたいんです」

アメリアは笑って頷いた。

「それは、素晴らしい耕し方ですわ。“土が固ければ、水を増やせばいい”のと同じですもの。どんな声も、耕せばきっと“居場所”に変わる。わたくしたちがずっとそうしてきたように」

三人はその言葉を胸に、新たな案内看板を作った。

【いこいばの入り口は、いつでも何度でもどうぞ】

それは、“開かれ続ける畝”のように、風に揺れていた。

村中インタビューの結果を受けて、三人は“いこいば週間”を企画した。

ネル「テーマは、“気が向いたら来てください週間”です!」
ティナ「強制しない。でも、何度でも“ようこそ”を言える準備だけはしておく」
ライル「“来ない理由”も、そのまま歓迎したい」

【いこいば週間・催事ラインナップ】
・通りすがり大歓迎のおしゃべり畝端カフェ(干し芋つき)
・芋文庫出張屋台 in 広場
・“鍬の手入れ講座” by ガストン(見学自由)
・誰でも座ってよい石“ようこそベンチ”設置

看板にはこう添えられた:
【無言でも来てよし、通り過ぎてもよし、座って眠ってもよし】

初日は静かな滑り出しだったが、二日目に変化があった。

リリアが昼休みにこっそりベンチに座り、干し芋ティーを受け取った。

「……今日は、ちょっと騒がしくない広場が恋しかったんですの」

その言葉に、ネルはそっと微笑みを返した。

「それなら、ここはちょうどよい“いこいば”です」

午後には農作業帰りの村人がふらりと立ち寄り、
ゼクスが“無言で石板を磨く場所”として屋根下を整え、
子どもたちが親に連れられて絵本を読みに現れた。

最終日。

ティナは“来なかった人”の一人、長老レナを訪ねた。

「私たちの場所、どう思われましたか?」

レナは答えた。
「よう作ったと思うよ。ただ、“訪ねてくれたその歩み”が一番嬉しかった」

ティナの目に、光が宿った。

「……それなら、わたしたちも、もっと歩いていきます」

その夜、アメリアは“いこいば”の縁側で三人の話を聞きながら、そっと呟いた。

「耕すとは、場所だけではなく、“関係”にも種を蒔くことですわね」

風が吹き抜ける静かな夕暮れ、いこいばの灯がやわらかく揺れていた。

いこいば週間が終わった翌週、三人はふたたび“外”へ出ることを決めた。

「今度は、“こちらから寄っていく”番だと思う」
(ネル)

「場所を耕すだけじゃなくて、“関係”のほうに足を運ぶんだよね」
(ライル)

「“出張いこいば”、やってみよう!」
(ティナ)

【出張いこいば計画】
・村の畑横に“鍬休みスポット”を設置
・郵便塔の前に“立ち話芋コーナー”
・干し芋ティーと絵本持参で、各戸訪問“いこいば対話日”実施

三人はリヤカーに干し芋とティーと折りたたみベンチを積み、
「こんにちは、いこいばです!」と笑いながら村のあちこちへ赴いた。

その日、ティナが訪れたのは、かつて“来ない理由”を口にした母親のもと。

「……ちょっとだけ、座っていいですか?」

「もちろん。今日は……来てもらえてよかった」

ライルは、鍬を置いて水を飲んでいた青年と話した。

「……べつに、理由とかいらなかったのかもな。ただ、声かけられたかっただけで」

ネルは、納屋で帳簿と格闘していた青年に、そっと芋ティーを置いた。

「休むときも、“誰かと休んでいい”って、思えるといいなって思ったんです」

夕方、三人は“いこいば”に戻ってきた。

アメリアは縁側に椅子を出して待っていた。

「どうでしたか?」

ティナ「……歩いた分だけ、“近くなった”気がします」

ライル「……ちゃんと耕してきた感じ、あります」

ネル「“ここに戻ってこられる”って思えることが、なによりうれしかった」

アメリアは静かに頷いた。

「その気持ちは、きっと“いこいば”のどこかに宿っておりますわ」

「だから、また出かけてよし、また帰ってよし」

「そうして村は、“誰かのまわり”に広がっていくのですもの」

空は澄み、風が畝を渡っていく。

“居場所”という言葉が、村の空気の中に、しっかりと根を下ろしていた。

出張いこいばから数日。

ふとした昼下がり、“いこいば”の広場にはいつのまにか自然と人が集まっていた。

「特に用事はないけれど、なんとなく座りに来ました」
「昨日の干し芋がやけに恋しくなって」
「絵本の続きを読もうかと思って……」

それぞれが、それぞれの理由で。
そして中には、何も言わず、ただ座っていく人もいた。

ネル「“来る場所”じゃなくて、“来たい場所になった”のかな」

ライル「目的がなくても“いる理由”があるって、すごいことなんだな……」

ティナ「“いこいば”が、誰かの“居場所”になったんだね」

そんな空気のなかで、リリアがふらりと訪ねてきた。

「今日の“ようこそベンチ”、座り心地が特によくて……お昼までに三回座っちゃいましたわ」

アメリアは縁側からその様子を見つめながら、手帳に一行だけ書き記した。

『いこいば、本日も耕し日和』

その夜、村の子どもたちが“芋文庫リニューアル会議”を開き、
翌朝にはルークが「いこいばのこれから」という壁新聞を貼り出した。

【“いこいば”は、いつも途中。だから、何度でも始められる】

村人たちは、その言葉にふっと笑い、また干し芋をかじりながら椅子に身を預けた。

そして、ティナたちは新たな決意を口にした。

「次は、“外の村”ともつながってみたいな」
「“いこいば”をひとつの“畝の種”として、他の土地にも蒔けたら」

アメリアは優しくうなずいた。

「それはきっと、わたくしたちの“もう一つの耕し”ですわね」

風にゆれる看板には、こう刻まれていた。

【今日も、ここは、はじまりの場所】

いこいばが村に根づいたという実感とともに、三人は本当に“次の一歩”を踏み出そうとしていた。

「隣村に“いこいば”のこと、話しに行ってみない?」
「うん。伝えるというより、“一緒に耕してみませんか”って言いたい」

アメリアはその相談を受けたとき、静かにこう言った。

「それは、わたくしたちが“文化”を持ち運ぶということですわね。文化とは、暮らし方の中に根づいた優しさの形。その種を携えて、あなたたちはもう“育てる側”にいるのですもの」

数日後、三人は手作りの案内板と、干し芋ティーと絵本セットを詰めたリュックを背負い、隣村へ向かった。

アメリアとリリア、ルークとゼクスが見送る中、ティナはふり返って言った。

「“いこいば”を、ひとつのあいさつとして届けてきます!」

その言葉にアメリアは頷いた。

「いってらっしゃいませ。畝の端から、未来の耕しへ」

その日、村の掲示板には新たな言葉が刻まれた。

【いこいばは、今日も旅をする。次の誰かの“居場所”を、耕すために】

夕暮れ、村の広場ではまたひとり、ふと腰を下ろす人の姿があった。

それが、始まりであることを、誰もが知っていた。
< 25 / 27 >

この作品をシェア

pagetop