令嬢は農地改革から始めるそうです 〜王都を飛び出したら人生が充実しすぎて困る〜

第3話 令嬢、行政と殴り合う

「役人が来るですってぇぇぇぇ!?」

朝のミーティング(屋外・椅子なし・ホワイトボード=壁)にて、その爆弾発言が炸裂したのは、ガストンのひと言からでございました。

「昨日、王都からの使者が村の入口まで来てたぞ。オレが声かけたら“明日正式に伺う”って言ってた」

「ついにこの村にも行政の光が!」

「それ、逆に眩しすぎて焼かれるやつですわ!」

リリアの絶叫もごもっとも。なぜなら――わたくしたちの村、「カレジア村」は、現在未登録集落という、とても響きだけはファンタジーな存在。ざっくり言えば「地図にはあるけど誰も認めていない、いわば村の同人誌みたいな扱い」でございます。

「きっと、開拓活動のうわさが王都に届いたのですわ。ええ、わたくしのトマト愛がついに世界を動かしたのですわ!」

「トマトじゃなくてパンフレットが原因だと思います……」

「大根かもしれません……」

「地味な奇跡!」

ともあれ、お役人さまが来るということは――今の“自由な開拓生活”が行政の監視下に置かれる可能性があるということ。
それはすなわち、

「トマト栽培用の“秘密の納屋”がバレますわ!」

「なんで秘密にしてるんですか!?栽培自体は合法でしょ!?!?」

「納屋に詩的に名前をつけただけですわ。“秘納屋(ひのうや)”」

「字面がめっちゃ怪しい!!」

翌朝――カレジア村は、戦いの準備に入った。

「リリア、外交対応用フリルドレスの準備を」

「ご用意しております。“品格:B+、威圧:A、アホ毛:Sランク”です」

「完璧ですわ」

「服で威圧値ってなんですか!?しかもアホ毛が最高評価って!?」

「村長、今後の交渉は任せたぜ」

「任されましたわ。わたくしが“行政との全面対話戦”を仕切ってみせますわ!」

「“全面”って何する気ですか!?」

その日、村の中央――特に目立つ場所に、無理やり並べた机と椅子(ガストンが一晩で作成)を設置。
わたくしはその椅子に背筋を伸ばして座り、こう言い放ちました。

「迎撃準備、完了ですわ」

「迎撃じゃなくて“迎接”ですってばお嬢様!!」

そして午前十時、時刻きっかり。

馬車二台、荷物一つ、役人一名――。

「失礼いたします。“王都地域開拓審査局”より派遣されました、ギルデン・ヘルトでございます」

降りてきたのは、年齢三十代後半と思しき、見るからに“几帳面そう”な男。眼鏡、七三分け、書類の束、そして――笑顔が、一切ない。

「貴族令嬢殿。あなたが“自称カレジア村村長”のアメリア・ルヴァリエ様で?」

「そうですわ。ルヴァリエ家の者ですが、現在は開拓独立を志し、爵位も辞し、ただの一開拓者にございます」

「……はあ。まあ、話は通っています。ですが、私どもには“ルール”がありますので」

出たわ。“ルール”という名前の鎖が。

「本日は、開拓地としての登録審査のために参りました。該当地の整備状況、居住者の定住意思、安全性、農業生産性、資源確保状況、経済的自立性などを――」

「多いですわね!!!」

「……ひとつでも基準に達していなければ、開拓地登録は見送られます」

「一問一答でお願いいたしますわ!」

「質問は私がする側です」

「一答返しただけで全部跳ね返される気がしますわ!」

ギルデン・ヘルト――お役人、堅物、笑わない、空気読まない、形式至上主義、そして、きっと干し芋が嫌いなタイプ。

「ではまず、居住者の人数を」

「わたくしを含めまして六名と一匹」

「その“匹”は?」

「ヤギですわ」

「……ふむ。次に、水源の確保状況」

「昨日、井戸を掘り当てましたわ!自前ですのよ!」

「検査機器で、汲み上げた水のpHと不純物を確認いたします」

「科学の力には勝てませんわね……!」

お役人は淡々と作業を進め、メモを取りながら村を一周。
その間にリリアは応接茶菓子(手作りの泥水風ゼリー)を用意しましたが――

「……不要です」

「言うと思った!!!」

午後、全てのチェックを終えたギルデンは、静かに書類を閉じました。

「……仮審査の結論から申し上げますと」

「ごくり」

「この村の開拓登録は――保留です」

「……ふぅーっ。よかったぁーっ。却下じゃないのですね!」

「ですが、改善点をまとめた“指導書”をお渡ししますので、次回審査までにご対応ください」

そう言って渡された書類の厚さ――三冊分。

「これ、もしかして……トマト栽培マニュアルより分厚い……?」

「読んでください」

「一晩で読めると思ってらっしゃる!?わたくし、確定申告より難しいものは見たくないですわ!!」

「ちなみに、この審査報告書に“虚偽”があった場合、罰金があります」

「わたくしの理想郷が、文字の束に蹂躙されておりますのーーー!!!」



「リリア!第一章“村政組織の基本”を朗読してちょうだい!」

「うわああああ!読みたくないけど読みますぅぅうう!!」

書類の束と戦う令嬢の部屋は、まるで戦場。テーブルの上には、ページ数三桁超の開拓地指導文書。その周囲を囲むのは、泣きながら内容を音読する侍女、眠そうなルーク、干し芋をかじるガストン、聞いてるのか分からないゼクス、そして書類に一瞥もくれないヤギ。

「“村政を成立させるには、住民代表者の選出と、その記録台帳が必要であり……”」

「なるほど……書面にて“村民会議”を発足させろというわけですわね」

「村民、六人しかいないんですけど!?」

「むしろ少数だからこそ、全員に議決権を与えて“完全民主制”を敷けますわ!」

「やだこの村、令嬢が政治思想まで持ち出してきた!!」

「リィナ、あなたも参加してくださいませ」

「え?なんで私が……」

「議会メンバーが揃いませんと、役所に“非公開議決の疑いあり”とされる恐れがありますわ!」

「“議決の疑い”って何!?私ただの旅人だったはず!!」

「もう、あなたは村の“防衛担当”ですわ!」

「うっかり役職もらった!?」

その日の午後、カレジア村では記念すべき“第一回・村民臨時議会”が開催された。出席者七名、議題:“水源確保後における衛生管理のあり方”。

「石鹸がありません」

「製造しますわ!」

「お嬢様、それ言うの三回目です!」

そして翌日から始まったのが、地獄の――いえ、光栄なる書類再整備週間でございました。

【カレジア村・行政対応週間スケジュール】

・朝:作業前に「今日読む条文」を抽選方式で決定
・昼:読解班(アメリア・リリア)、要約班(ルーク)、図解班(ゼクス)
・夕:住民確認サイン収集(※ガストンは目が滑るため口述筆記)
・夜:疲れ果てて半数が干し芋のように干される

「お嬢様、住民名簿の“特記事項”って何を書けば……」

「各人の趣味や特技、将来の夢、干し芋の好みなどですわね」

「絶対必要ないですよねそれ!!?」

「逆にその項目で役所の心をつかむ可能性も……!」

「役所はそういうところで心をつかまれません!!」

だが――。

数日後、突如として空気が変わった。

「あれ、これ……ほんとに正式書式に近づいてる……?」

「わたくし、“農業系お嬢様”と侮られては困りますのよ。かつて経済法規の写本を趣味で読んでおりましたわ」

「変な趣味来たァァァァァ!!!」

「でも……すごい。読める。意味がわかる……!」

「ええ。ギルデン殿は言いました。“ルールに従う限り、開拓は自由だ”と」

「裏を返せば、“従いさえすれば干渉しない”ってことか……!」

「まさか令嬢が、行政文書でフラグを立てるとは……」

そして一週間後。

全書類の修正を終えたアメリア様は、リリアが泣きながら作成した封筒(かわいいレース付き)に書類を詰め、王都に送った。

「さあ……勝負の時ですわ!」

「どう見ても“決闘前の顔”ですお嬢様!」

それから数日――。

王都より、封印の紋章つきの返信が届いた。

【査定結果:仮登録、承認】
【次回本登録審査までに改善点三箇所】

「……やりましたわ」

「やったーーーーーーーー!!!!」

「やったーーーーーーーーー!!?」

「え、なにこれ?うち、公式に“村”になったの?」

「正確には“仮の村”ですわ!でも、役所に認識されましたの!」

「仮だけど嬉しい!でも仮って何!?!?」

「つまり“半開拓地・認定村・試運営型モデル集落”という、たいへんややこしくて役所らしいネーミングの村になったということですわ!」

「言い方が煩雑すぎるッ!!」

だが、これは村にとって大きな一歩。

「次なる目標は、“正式登録”ですわ」

「それ、何が増えるんですか?」

「村名のフォントが“明朝体”から“ゴシック体”に変わりますの!」

「重要度、そこじゃない!!!」

でもたしかに、わたしたちは――
少しずつ、ひとつの“村”になっていっている。



「名物がない!?!?!?」

その言葉に、村人全員(ヤギ含む)が固まりました。

わたくしアメリア・ルヴァリエ、ついにカレジア村を“仮の村”として行政に認定させることに成功いたしました。
――しかし次なる試練は、さらなる上位存在“正式村登録”に求められる追加要件。

そのうちのひとつが、なんと。

「村としての“固有文化”の証明」

「つまり……お土産がないとダメってことですわね!」

「軽っ!?!?!?」

でも、わたくし、確信いたしましたの。

「名物とは、“知恵と土と汗の結晶”。それは開拓の誇りにございますわ!」

「今まで“泥まみれ”とか“鍬コレクション”とかやってた人の言葉じゃない!!」

「でも……“この村ならでは”って言われると、正直まだ、何も思いつきませんね」

「干し芋!」

「それ、ガストンの私物です」

「じゃあ芋は?」

「まだ育ってません!」

名物とは、“唯一無二”でなければならない。よくある特産品や観光名所ではダメ――
というか、そもそもこの村に“特産品も観光客もいない”のですわ!

「ならば作りましょう。今から!」

「出たァーーーッ!!!」

「開拓令嬢、特産品をも錬成する気かァーーッ!!」

「幸いにも、水は出ました、土もあります、人手も……まあ、あります!」

「“まあ”ってつけないでください!」

まずは、村で何が育てられるかの再確認。

「日照時間は長く、雨は少なめ。土壌は赤土系……ミネラル分は比較的豊富。ただし、微生物が少ないため保水性に難あり」

「要するに、農業には“向いてない”!」

「やかましいですわ!逆に言えば、“無理だったけど成功した”というブランドが生まれますのよ!」

「たしかに、苦労話があると名物ってウケますもんね……」

「“砂漠の中の奇跡”とか……“干ばつを超えた干し野菜”とか……」

「だいたい干してるッ!!!」

そこで、わたくしは重大発表をいたしました。

「新名物、その名も――“カレジア干しトマト”計画!」

「出たァーーッ!お嬢様のトマト愛が!!」

「なお、“まだ畑に苗すら植えていない”模様」

「まず畑を用意して!?」

「まず種を撒いてッ!!」

でも、いかなる名物も、“構想”から始まるもの。いわばこれは、開拓者のロマンでございますわ。

「名物とは、物語でございますの。栽培する苦労、手間、乾燥方法の工夫、そして村人との連携――そのすべてが、“味”となって人々の心を打つのですわ!」

「それっぽいこと言ってるけど、まだ何もできてない!」

「うるさいですわ! これから作るんですの!」

そして、その“物語”の始まりが――畑づくり第二章でございました。

「畝を立てなさい!水路を引きなさい!ネギを踏まないようにしなさい!」

「まだネギないですって!!」

全員参加型の強制農作業が再開されたカレジア村。新たに定住を決意したルーク・リィナ・ゼクスの三名は、前回の経験を活かして実に手際よく動いてくれました。

「……種まき、気持ちいい」

「ええ、ゼクスくん。“命を蒔く”という行為ですのよ」

「で、あの、干しトマトって……どう作るんでしたっけ?」

「詳しいことは……トマトが実ってから考えますわ!」

「ノープラン!!」

と、そこに――。

「――おい、誰かいねえかぁ~~~!」

「誰ですの!?」

「また新しい変人ですか!?」

現れたのは、商人風の旅人。背負い袋に派手な帽子、腕にはガチャガチャしたブレスレット。口元には笑み――いや、笑みすぎて怪しさ満点。

「通りすがりの行商人だよぉ。あんたたち、村おこし中なんだって?」

「はい、絶賛奮闘中ですわ!現在、特産品開発フェーズです!」

「なら、ちょっとばかし“商業ノウハウ”を教えてやろうかと思ってな」

「!?」

男は、“フィルス”と名乗りました。旅する商人、各地の市場に通じ、流通に強く、物腰も柔らか――しかし、どことなく“怪しい”。

「へへ、村おこしってのはさ、“物”と“噂”を売るもんなんだよ。“この村はすごいらしい”って噂、それが一番の宣伝よ」

「……ほう。参考になりますわね」

「ちなみに“奇跡のトマト”って名前にするだけで、売上三倍は固いぜ?」

「え!?まだ育ってないのに!?」

「名前ってのは看板なんだ。“売れる理由”はあとから作る!」

「……商売って、そういうものなのね……」

「うさんくささ100点満点!!」

ですが、彼の“知識”は本物。販売の流通ルート、保存法、ラベル表示の規定、さらには包装の仕方までアドバイスしてくれたのです。

「信じていいのか、この男……」

「信じるかどうかは任せるさ。だがな、“物を動かすには、話を動かせ”。それが真理よ」

「……ふふ。“話を耕す”ってことですわね?」

「気に入った! そのセリフ、いただきだ!」

こうして、“商人フィルス”との奇妙な縁も生まれ――

名物づくりと、村の物語が、またひとつ、動き出したのです。

数日後。

「できましたわ! 試作第一号、“カレジア干しトマト”!」

「形は……うん、トマトだ!」

「味は……うん……あれ?しょっぱい……?」

「リリア、何で塩振ったんですの!!」

「干す=塩、だと思ってぇぇぇ!!」

「おかげで“塩辛トマト”に!」

「それはそれでアリなのでは!?」

そして、出来上がった試作品とともに、わたくしは行政に再び資料を提出しました。

【開拓村名物開発報告書】
・商品名:カレジア干しトマト
・村民協力体制:全員強制
・商業連携:通りすがりの男(フィルス)
・物語性:令嬢が畑を耕した
・一言:赤土から咲いた、誇りの味

――それは、たぶん、ちょっとだけ誇張もあったかもしれません。

でも、それが村の“物語”なら――

「いいじゃありませんの」

そう、胸を張って言えるようになった、わたくしがいました。
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