王位を継いだら最強でした~17歳の末姫が、王位に就いたら国が救われたようです~

第11話 恩恵の代償

春の終わり、王国の南方に位置するアーリス港に、幾十隻もの難民船団が押し寄せた。

海を越えて辿り着いたのは、祖国を追われた人々。
ラヴァール公国崩壊──政権の崩落と武装組織の台頭により、国内秩序は完全に瓦解し、難民は陸を、そして海を経て脱出を試みた。

その多くが目指したのは、王国だった。

“文化の守護者”と呼ばれる法制度。
“共感による統治”を掲げる君主。
アウレリアが世界に示した「記録と支援」の精神に感銘を受け、彼女の治める王国を「最後の希望」と呼ぶ声もあった。

王国南部のアーリス港は、短期間で難民受け入れの最前線となった。

埠頭には王国軍と地方自治体によって仮設の医療テントが並べられ、食料供給ライン、生活相談窓口、言語支援ブースまでもが即席で設けられたが、想定を遥かに超える流入により、それらの機能は瞬く間に飽和した。

港町の人口はわずか数週間で倍増し、宿泊施設や公園、果ては教会や納屋までが“避難所”として開放されていった。
広場には布を張っただけの“家”が並び、子どもたちが粗末な焚き火を囲みながら固まっていた。

最初のうちは、「王国の寛容」に感謝する声も多かった。
だが、それが続く中で、都市機能に徐々に綻びが見え始める。

王都では報道が連日、「人道危機への対応」「文化国家としての責務」「アウレリア女王の英断」を讃える一方で、生活インフラの圧迫が目立ち始めていた。

給水塔では配水制限の貼紙が掲げられ、病院の待機時間は倍になった。
清掃員の人手不足によってゴミ収集が追いつかず、一部の下町では悪臭がこもる。

市民たちの苛立ちは、やがて口に出されるようになる。
「配給が足りない」「近所に知らない言葉の人間が増えた」「市場の仕事を奪われた」

やがて、それは壁に書かれた言葉へと姿を変えた。
夜のうちに描かれた“移民排斥”の赤い落書き。
子どもたちの通学路の途中に貼られた「この区画は王国民のものだ」という紙片。

空気が明らかに変わっていた。

王都の議会では、貴族院の保守派が声を上げ始めた。
「流入制限を行わねば、王国そのものが壊れる」
「優しさで国は守れない」

かつて「共感」の名のもとに拍手を送っていた者たちが、今度は「現実的対応」の名のもとに距離を取り始める。

それでもなお、港には毎日数百人が到着していた。
国境を越え、国法を頼りに歩いてきた人々は、たどり着いた場所で立ち尽くしていた。

王宮にも、急報が次々と届く。
各地の自治都市では避難民の受け入れ限度を超え、行政機能がひっ迫していた。

執務室の机には、助けを求める民間医療団体の要請、港湾警備隊の疲弊報告、そして「排斥運動を止める手立てを」と書かれた市民連合の陳情書が山のように積まれていた。

アウレリアはそのすべてに目を通し、言葉を発することなく、ただ記録帳を開く。

そして、たった一行、こう記した。

『理想は、必ず代償を伴う。それを知ってもなお、選ぶかどうかだ』

その文字は、祈りでも命令でもない。
女王としての“覚悟”だった。



王都に初夏の風が吹き始めた頃、人々の表情は穏やかというにはほど遠かった。広場には看板が立ち、市場には憂慮が張りつき、通りでは笑い声よりも囁き声の方が多く聞かれるようになっていた。

アウレリアは、静かに一つの決断を下す。

「耳を澄ませるのは、怒号より先のささやきにこそ」

王国議会の公会堂にて、市民代表と移民代表を招いた意見聴取の会を開くこと。
それは「女王の主催による、声の対話」であり、通常の政治的審議とは異なる形で開催された。

朝霧の残る七時、重厚な扉が開かれ、衛兵に導かれて代表者たちが静かに入場する。会場の壁面には王国の歴史を刻む紋章と、過去の改革を記念した銘板が飾られていた。そこに集った者たちは、それぞれの想いを背にしながら、半円状に配置された木製の椅子に腰を下ろす。

中央には一枚の円卓が置かれ、誰の発言も遮られぬよう、魔導音声器が設置されていた。

王都北区の老舗商店主、診療所の事務長、四児の母親である主婦、そして若き市警の巡査。
一方、難民側からは、ラヴァール出身の青年建設作業員、母国で教師だった中年女性、農業従事を望む若者、傷ついた避難民を支える看護補助の少女。

「この国に、人はどこまで迎え入れるべきか」
その問いが場に投げかけられたとき、誰もが、まず互いの顔を静かに見つめた。

最初に発言したのは、商店主のパン職人。
三代続く家業を継ぎ、家族四人を養っている彼は、声を絞り出すように語った。

「私は、悪意があるわけじゃない。けれど、昨日より仕入れは高く、配給は減ってる。街の雰囲気が変わって、客足も遠のいた。朝に子どもを送り出すとき、何度も振り返る妻の顔を見るのが……つらいんです」

次に名乗り出たのは、建設作業員の青年。王国語はまだ不完全だったが、話す意志は強く、その目に嘘はなかった。

「私たち……国を失った。仲間を失った。でも、“働く”ことは、まだ残ってる。納税もできます。戦いたいのではない。住みたい、守りたい、作りたい。それが……この国での、私の未来です」

彼の隣に座る女性教師が、ハンカチで目頭を押さえながら続けた。

「私は二十五年、教室に立ちました。子どもたちに、“言葉”と“希望”を教えてきました。でも、祖国ではその教室が閉ざされた。もしこの国に、再び教える場所があるなら……どうか、その一角に、私の居場所も置かせてください」

その瞬間、議場の空気がぴたりと止まった。天窓から差し込む光が、卓上の資料の上で揺れていた。

交わらぬ二つの声。
だが、どちらの声も“恐れ”に根ざしていた。

恐れ──明日の生活が崩れる恐れ。
恐れ──再び、故郷を失う恐れ。

アウレリアは席から立つことなく、指一本動かさずに、ただ目と耳で全てを受け止めた。

会議は二時間を超えて続き、最後は沈黙のまま閉じられた。

その夜、王宮の執務室でアウレリアは、情報局に密命を発する。

「移民流入と経済指標、治安数値の全域分析。偏見で語らず、数字で描け」

数日後に届いた報告書は、彼女の直感を裏付けていた。

犯罪率の上昇はごく一部に限定されており、実際には行政の処理遅延と情報の錯綜による“誤認”が多かった。
逆に、自治体が柔軟に対応した地域では、農村部の労働力不足が補われ、医療支援や公共サービスにも改善が見られた。

本質的な問題は、「制度の機能不全」であり、「受け入れられた側の姿勢」ではなかった。

アウレリアは報告書を読み終え、一枚の統計図を丁寧に切り取り、記録帳に挟む。
その隅に、鉛筆でこう記した。

「真実は、叫びのなかにはない。静かに重ねられた数字の底に、やっと姿を現す」

その日の午後──

王都南区では、「治安を守る会」と称する市民団体が、移民排斥を訴えるデモの届出を提出。

一方で、王国語を学び、街路清掃や診療所補助にも志願していた移民の若者たちが、自ら作成した“誓願書”を胸に抱え、王城へ向けて歩き始めていた。

誓願書の冒頭には、たった一文が記されていた。

「私たちは、住まわせてほしいとは言いません。住みたい国に、貢献したいだけなのです」

太陽の光は両者の行進に等しく降り注ぎ、道行く人々は、その静かな二重奏に、言葉を失って見守るしかなかった。

そして、王都の石畳の上に、その“対話なき行進”は、静かに交差しようとしていた。



王都中央広場は、普段であれば市民の憩いと市の市が交わる穏やかな場所だった。
だが、この日ばかりは違っていた。

午前十時。空は澄み渡り、雲ひとつない快晴。
街路樹の葉はわずかに揺れ、噴水は規則正しい音を奏でていたが、広場に集った人々の呼吸は張り詰め、静謐というよりも緊張に近い空気を孕んでいた。

広場の南からは、「治安を守る会」と記された腕章を巻いた市民の列が。看板や旗を掲げながら、整然としかし堅く口を閉ざして歩く。参加者の多くは中高年層で、その背筋には「この町を守る」という確固たる決意と不安が同居していた。

一方、北からは、色とりどりの衣をまとった移民たちが「誓願書」を手にして進んでいた。子を背負う母、年老いた父を支える青年、文字を覚えたばかりの少女──その足取りはおそるおそる、しかし確かな意志を持っていた。疲れが滲む靴音が、石畳に控えめなリズムを刻む。

王国の衛兵たちは、互いの列を隔てるように警備線を張りつつも、剣を抜くことはなく、目配せだけで秩序を保っていた。彼らの眼差しもまた、敵意より警戒と慎重に満ちていた。

騒乱の予兆が漂うなか、王都中央塔の鐘が十一時を告げたその瞬間、壇上にひとりの人物が歩み出る。

女王アウレリア──白銀の礼装に身を包み、肩にかかる金髪を緩く編み込み、王印をあしらった簡素なティアラを戴く。風は彼女のマントをわずかに揺らし、その立ち姿に一切の迷いはなかった。

手には、使い古された革張りの記録帳を携えていた。指の節にまで微細な皺が刻まれ、長年の記録がそこに宿っていることを物語っていた。

その姿が広場の視界に入った瞬間、空気が凍った。
ざわめきは一拍遅れて起こり、波紋のように会場全体に広がっていく。

高官を通じてではなく、自らの足で、矢面に立った若き女王。その姿に、敵も味方も、反対派も支持者も、言葉を失った。

アウレリアは視線をまっすぐに前に向け、息をひとつ整えてから、魔導拡声器に口を寄せる。

「この国は、法で人を量り、声で人を測ってはなりません」

その第一声は、まるで霧を払うような明瞭さだった。彼女の声には、裁くでも憐れむでもない、ただ“聴いた”者だけが持てる重さがあった。

「私たちが重ねてきた理想とは、“生きる意志を持つ者”に手を差し出すことだったはずです。ただ生き延びるだけではなく、共に歩み、共に築く道を選んできたのが、この王国です」

広場の空気は、凪いだ湖のように静まり返った。だれもが、その言葉を反芻していた。

アウレリアは続けた。

「本日をもって、以下の三政策を即時実施とします」

「第一に──『緊急統合支援法』。
王都に過剰集中した移民の受け入れを是正すべく、地方都市への人道的分散政策を実行。地方行政機関に支援金と調整官を派遣し、都市圧迫を緩和します」

「第二に──『住民参加型共助プログラム』。
移民と市民が共に参加する労働プロジェクト、教育事業、文化交流などを行政主導で整備し、共助による社会基盤の構築を目指します」

「第三に──『王都特区の社会調整官制度』。
文化的・宗教的な摩擦や言語障壁を調停・緩和する専門調整官を新設し、公共サービスと住民の橋渡しを担わせます」

彼女の声は落ち着き、感情に流されることはなかった。
だが、その冷静さが逆に、どれほどの覚悟を伴っていたかを人々は感じ取っていた。

一拍の間。

広場の片隅で、一人の市民がそっと拍手を打った。
その音は小さく、ためらいがちだった。

続いて、別の場所でも掌が合わさる。
やがて、その拍手は徐々に広がり、まるで風に乗るように、王都の空に音が積み重なっていった。

群衆の中、涙を流す移民の少女がいた。隣にいた彼女の母は、娘の肩をそっと抱きしめた。その手は寒さに震えながらも、確かに温もりを伝えていた。

対して市民側の列では、年配の男が眉間に皺を寄せながらも、ゆっくりと立ち上がって手を叩いた。その背には、重ねた年月の誇りと、揺らぐことのない郷土愛があった。

アウレリアは最後に、ゆっくりと記録帳を開き、壇上の静寂の中で銀のペンを走らせた。

『扉は造るものではない。心で開くものだ。国もまた、同じである』

その筆致は、揺れることなく、まっすぐに紙面を貫いていた。

それは、力で国を動かすのではなく、信頼と決意で国を導こうとする者の、静かな宣誓だった。

そしてその夜、王都の灯りがともるなかで──広場に立ち尽くした人々の心には、ただ一つの共通する感情が残されていた。
それは、「たしかに、この国にまだ道はあるのだ」という、ごく小さくも確かな希望だった。
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